対称座標法(Symmetrical Components:012 法):その4
No.7で対称座標法を定義し、No.8,No.9 で送電線、発電機、負荷回路式の012 領域への変換と等価回
路について解説してきました。いよいよ故障計算の説明にはいります。 本当はここで変圧器の回路に
ついて述べたいところですがそれは後回しにします。
10.1 故障計算の考え方
図10.1 は故障計算の考え方を示しています。 私たちはまず初めに対象回路について事故前の状況を
abc 相領域でイメージします(図中のステップa1)。次にその回路の012 領域での回路を描きます(図の
a2)。ここまでのステップは発電機・送電線・負荷回路についてすでに解説しました。さて次は事故点の
状況をabc 領域の式で表現し(b1) 次にそれを012 領域に変換(b2)するのです。 それによって(a2)と
(b2)から事故発生後の回路式、あるいは回路図を012 領域で表現できることになります。そして012 領
域で回路の解を求めて(c)、最後にその解をabc 領域にも出せばよいのです。
10.2 1 線地絡の故障計算:その1
図10.2a,b,で説明します。図a の点線内は対象とする回路の事故前の状況を012 領域で示しています。
上から順番に正相・逆相・零相回路を示していますが、発電機・送電線・負荷のいずれもが3相平衡と考
えて正相・逆相・零相回路は相互に独立(相互誘導がない)としています。図では線路は1 回線でその左
右に発電機(一方が負荷でもよい)からなる最も簡単な回路として表現していますが、対象回路はどんな
回路でも構わないことに留意してください。
さてこの回路の任意の地点fでa 相の1 線地絡事故が生じたとします。 この時のf 点のa 相事故の状
況を図(b)に示しています。 事故点f から仮想のabc 相端子を引き出してきて、そのa 相端子は(アーク
抵抗を想定したR を介して接地し、またb 相c 相(健全相)の仮想端子は開放状態です。
さてここで対称座標法を適用する上で大切な2 つの前提(約束事)について指摘しておきます。
約束事その1:
対称座標法では電源を複素電源として示して複素回路計算を行います。 対称座標法で
は変換定義式が複素数表現になっていることからこれはいつの場合も大前提です。
約束事その2:
私たちはa 相基準の対称座標法を使おうとしていますから、地絡相の実名がR,S,T 相の
いずれであっても故障計算のうえでは地絡相をa 相として計算します。
約束事その3:
対象回路内のどの地点においても、また事故点fから引出した架空端子についても、複素
電圧記号の複素電流記号の向きは
abc相の複素電気量は同じ矢印方向に定義します。
図で(
fV
a,
fV
b,
fV
c) とか(
fI
a,
fI
b,
fI
c) の⽮印の向きが同じ⽅向に定義されていることに留意
し得ください(実際の各相電気量が+-のいずれの値になるかは別問題です)。

さて、いよいよ故障計算です。
図(b)に示すabc 領域でのa 相1 線地絡の状況を式にて示してみよう。

図(b)の状況を示すための必要十分な式は上式(10.1)となります。地絡点fにおける境界条件となる式
です。 電圧
fV
b,
fV
c については現段階では式としては何も規定できません。
次にはこの式(10.1)を012 領域に変換します。式(10.1)に対称座標法の変換定義式を代⼊するだけです。

結局、図10.2b の地絡状況を示す式(10.1)を012 領域に変換した式(10.2)は整理すれば下式(10.3)となるのです。

式(10.3)が012 領域で表現された事故点の仮想端子の正相・逆相・零相電圧・電流の関係式ということに
なります。f点の仮想端子が式(10.3)を満たすような接続図は図10.2(a)のようになります。 そしてf 点
でa 相地絡が生ずるということは012 領域でこの図においてスイッチS を閉じることと等価になります。
さて、この回路計算をすれば事故点の電圧
fV
0,
fV
1,
fV
2,電流
fI
0,
fI
1,
fI
2 解が数値として計算できる
し、また回路内の任意の地点の対称分電圧・電流も計算できます。 定常計算解を求める場合には線路・
負荷などの回路定数は全て
r+jωLの複素回路などとして演算すればよいし、答えも複素量として得ら
れます。 こうして得た012 領域における電圧・電流の複素解は最後のステップとして対称座標法の逆
変換定義式によってabc 相の電圧・電流に変換すればよいのです。
なお上述の計算では事故前の負荷電流が流れている場合には左右の正相電源電圧がe'
1(t)=E'
1e
jωt と
e"
1(t)=E"
1e
j(ωt-δ)のごとく位相差δ をそのまま織り込んで計算してもいいし、潮流事故前の負荷電流がな
い場合(δ=0)の計算をして、そののち必要に応じて事故前の負荷電流をベクトル的に重畳しても良いことになります。
過渡計算が必要な場合も同じ等価回路図10.2 の012 等価回路で計算をして結果を逆変換すればよいことは⾃明です。
10.3 1 線地絡の故障計算:その2
a 相1 線地絡故障計算のもう一つの方法について図10.3 で説明します。
系統は3相平衡(正相・逆相・零相回路が独⽴に描ける)として事故点f の仮想端子から系統側をのぞき
見る対称分 impedance
fZ
1≅
fZ
2・
fZ
0が判っているとします(impedance map から計算できますね。
fZ
1はf 地点の短絡⽐SCR の逆数でもあります)。なお線路や変圧器の正相・逆相impedance は
fZ
1 と
fZ
2は同じですから発電機や負荷の正相・逆相impedance の差を無視すれば
fZ
1と
fZ
2は同じになりま
す。また事故点fの事故直前の電圧が
fE
a(=
fE
1=1.0),
fE
b(=a
2・
fE
1),
fE
c(=a・
fE
1)で判っているとします。
この状態でf 点仮想端子で1 線地絡が生ずるとabc 領域では式(10.1)が成り立つのでこの条件を012 領
域に変換して式(10.2)を得てさらに整理すれば式(10.3)を得ます。 そこで012 領域の回路として式(10.3)
の条件を満たすように結線すれば図10.3(a)を得ます。
さて、図10.3(a)で事故前は正相回路の電気量だけが存在し、正相回路のf 点から系統側を見ると電圧
は
fE
1=1.0, 正相impedance は
fZ
1です。 そして1 線地絡が⽣ずるということはこの仮想端⼦に
fZ
2 +
fZ
0 + 3R を接続することになります。 ですから Tevenin の定理を適⽤すれば仮想端⼦から流れ
出る事故電流が下記のようにたちどころに計算できます。

以上で事故点f の電圧と事故点仮想端子から流出する故障電流が計算できました。
なおこの故障電流
fi
1 ,
fi
2 ,
fi
0 (事故前の負荷電流の有無に関係しない)はそれぞれ正相・逆相・零相回路に
おいてimpedance 逆比で事故点の左右系統に分流することになるので、事故点の右側電流、左側回路の
電流もそれぞれ計算できることになります。 したがって、事故点の左右の任意の地点の故障電流成分
も計算できることになるのです。 必要に応じさらに事故前の負荷電流成分を複素量として重畳するこ
ともできます。

さて、発電機・送電線・負荷モデルの012 領域での行列方程式とその等価回路について解説しました。
今回はここまでとしましょう。
2020年10月5日 長谷良秀