三相発電機(同期機)の理論 その1
20.1 単相発電機(ダンパー巻線なし)モデルの再録
前号までのNo.17~19 では単相同期発電機のシンプルモデルについて解説してきました。 単
相同期発電機が電力システムの電源として現実に利用されることは殆どありませんが、①発電機
の基本構造 ②電磁機械としての発電機の原理 ③方程式モデルとしての表現 という三つの
観点からより深い理解をしていただくために三相発電機の説明に先立って解説を試みた次第で
す。このモデルはStator(固定子)側にs -coil が一つ、Rotor(回転子)側にfd -coil(界磁コイ
ル)が一つで合計二つのコイルからなるモデルでした。 さてその結果として得られた重要な式
(19.3a)(19.3b)をそのまま再録しておきます。
単相発電機(ダンパ巻き線無し)のモデルの式
20.2 三相発電機のabc相モデル
さていよいよこれから三相同期発電機の解説を行います。その回路モデルは図20.1a です。な
おその鉄心の磁路を示す図20.1b は前号でも紹介しました。
図20.1a でStator 側には三つのコイル a-, b-, c-coil が120 度の角度間隔で配置されており、
もちろん静止しています。これに対して Rotorは反時計方向に角速度 ω = θt で回転中です。単
相モデルの場合と同様にRotor の N 極方向を
d 軸方向,それより 90 度進みの方向を
q 軸方向と
名付けます。 さて、Rotor 側の
d 軸方向に界磁コイル
fd-coil が配置されているのは当然とし
て図ではRotor の
d 軸方向に
kd-coil、
q 軸方向に
kq-coil と名付ける閉ループcoil が追加され
ていてRotor 側コイルが三つ配置されています。Stator 側は120 度間隔で
a-coil,
b-coil,
c-coil
が、またRotor 側は
d 軸方向に
fd-coil,と
kd-coil、
q 軸方向に
kq-coil が配置されている合計六
つのCoil からなるモデルです。 この
kd-coil と
kq-coil が何を意味するかをはじめに解説しましょう。
20.3 ダンパー巻線(Damper coil)の役割
水力発電機の場合、Rotor の N 極と S 極の頭部(pole-piece 突極子)にはダンパー巻線(dampercoil)
と称するcoil が埋め込まれています。 “巻線”と称していますが実際の構成は線図 20.2
(a)(b)に示すように鉄またはアルミのbar を複数平行に並べてpole-piece の表面近くに埋め込
み、そのcoil-end 部でリングによって短絡する回路の埋め込みバー構造(embedded crossbars
structure)です。類似の構造として中小型のかご型誘導機のRotor 巻線は鉄またはアルミの埋め
込みバー構造となっておりその形が鳥かごに似ていることからかご型(cage-type)と言われます
(図20.3 参照)。かご型誘導機のロータ回路にはStator 側回路が通常の三相平衡で定常的な運
転状態では電流は殆ど流れません。 発電機のダンパー巻線はこの誘導機かご型コイルと電気的
に同じような働きをします。すなわち“発電機が電気的または機械的に平常ならざる状況になっ
っているとき”、具体的には「①系統側に過渡現象が生じた状態, ②系統側に三相不平衡電流や
高調波電流が流れている状態、また③機械的過渡現象で回転速度が変化中の状態」など系統が過
渡現象などdisturbance 状況になったときにのみダンパー巻線に電流が流れます。 水力機には
ダンパー巻線があるのでそれを発電機モデルとして織り込むのは当然です。 水力機のダンパー
巻線はRotor N 極とS 極(± d 軸方向)の位置に配置されていますがそこに流れる電流
ik(ダン
パー巻線の電気量には添え字k を使います)が作る鎖交磁束
Φk は一般に
d 軸方向成分と
q 軸方
向の両成分を含むと考える必要があるのでダンパー巻線を
d 軸方向に位置する
fd-coil と
q 軸
方向に位置する
kq -coil としてモデル化しているのです。 書き遅れましたが英語の“damper”と
は何かの“勢力を弱める物”という意味で例えば消音機とかばね仕掛けの振動防止器など減衰装
置の名称として使われますよね。“雰囲気をしらけさせる人”という意味もあるようです。電気回
路のdamper も同様で、過渡時にダンパーの閉回路に電流が流れることによって主回路側の過渡
現象を緩和する役割を担っているのです。

火力機(2-poles)原子力機(4-poles)や風力機のような高速回転発電機では円筒型ロータ
(Cylindrical Rotor)が採用されており(図20.4a,b).水力機のポールピースのような出っぱり
もなく、大掛かりなdamper-bar なども埋め込まれていません。しかしながら“ダンパー巻線の
ない円筒型ローター構造”であっても“ダンパー巻線ありモデル”として扱う必要があるのです。
その理由は次の通りです。
ロータ界磁コイルは長軸ロータの鉄心の磁路を取り巻くように掘られたコイル溝(Coil-slot)
に埋め込まれており合金製の楔(Wedge エッジ)で蓋をして遠心力に抗しています。
a-, b-, c-
coil や
fd -coil に電流が流れる状態では近接する鉄心も楔も金属ですからその電磁誘導で鉄心
と楔にもなにがしか渦電流(eddy-current)が流れて発熱することは避けられません。ロータの
任意の断面において、コイルの電流
ifd ,鉄心と楔を流れる渦電流を
ik として, コイル電流による
発熱量
rfd・ifd2 と渦電流による発熱量
rk・ik2 の合計値がロータ側の総発熱量であり、それとその断
面の放熱量の熱収支でその断面の温度が決まります。三相平衡で平常運転中ではこの渦電流
ik が
限定的なのでそれによる発熱量
rk・ik2 も限定的ですが、発電機が電気的あるいは機械的に
“unstable”または“disturbance”状態になると渦電流
ik およびその発熱量
rk・ik2 は劇的に増加
します。 具体的には「①不平衡あるいは高調波を含む負荷電流 ②系統事故時(特に過大な逆
相電流
i2 が流れる不平衡短絡事故) ③負荷遮断や原動機解列等により回転速度変化が強いられ
る状況」というような状態の時ということになりますが、特に②の場合にはロータ表面には極め
て過大な渦電流
ik が流れるので万一“リレー+遮断器による事故遮断”が遅れるとわずか数~十数
秒オーダーで楔が焼鈍(annealing)により軟化してコイルが遠心力で飛び出す大事故になりかね
ません(このような状況については次回以降で詳しく論ずる予定です)。
要約すれば、円筒型ロータの場合にはロータ表面付近の鉄心や楔などの部位に水力機のダンパ
ー巻線と同じ原理で渦電流が流れることになり、特に過渡時にはその渦電流は劇的に極めて大き
くなります。 したがって精度の高い発電機モデルを得ようとすれば突極機・円筒型機(非突極
機)にかかわらず“ダンパー巻線として
kd -coil と
kq -coil をモデル化する”ことが「①精度の高
い系統解析モデルを得ること ②発電機自身の運転性能限界評価すること」のいずれの観点から
も必要になるのです。
さて三相発電機の理論展開の出発点となる回路モデルが図20.1 であり、Stator 側に
a -coil,
b -coil、
c -coil が120 度対称の位置に配置されており、また Rotor 側では
d 軸上に
fd -coil と
kd -coil、
q 軸上に
kq -coil が配置されています。合計六つのコイルからなるモデルですが、これ
を鉄心磁路の視点で任意の時間
t におけるスナップショットとしてモデル化すれば図20.5(b)の
ように表現することもできます。 六つのコイルと全て鎖交する主磁束(鎖交磁束)と各コイル
毎の漏れ磁束が存在することに留意してください。 Stator 側
a -coil,
b -coil、
c -coil と Rotor
側
fd -coil,
kd -coil,
kq -coil の相対位置が後者の回転によって周期的に変化することになります
が、ある瞬間のスナップショットとしてみれば発電機は6 巻線変圧器(ただし鉄心磁路の2 か所
にair-gap の断点がある)と何ら変わらないことになります。
20.4 三相発電機のabc 相モデルの方程式
さて、次には図20.1 の三相発電機モデルの方程式化をします。 単相発電機の場合の式(19.3a)
(19.3b)の導入過程と同じような理屈で三相発電機の方程式は次式のようになります。

さて回路モデル図20.1 の方程式化が完了しました。式(21.1a)~(21.1k)が全てです。全ての変数
が実数瞬時値表現であることに留意してください。
20.5 自己/相互インダクタンスに関する補足説明
式(20.1a)~(20.1k)に登場したインダクタンス行列について逐次解説していきます。
i)
a,b,c -coil の自己/相互インダクタンス行列:
labc(t) について
行列
labc(t) は
a -coil,
b -coil、
c -coil の自己/相互インダクタンス行列です。各インダクタンスは次
式のようになり、図21.6 のように180 度周期で変化します。

前々回No.18 の18.2 節において.単相発電機のStator-coil の自己インダクタンス
ls(t) が180
度の周期関数的に変化することを詳しく解説しました。三相発電機の場合には三つのcoil 間の相
対位置は時間的に変化しないのですがRotor 磁石を取り巻くように配置されているので磁石が
180 度周期で回転すれば
laa も
lab も当然180 度の周期関数的に変化します。したがって
前々回No.18 で説明した
s -coil の
ls(t) 等の式(18.10a)(18.10b)の添え字
s を
a に置き換えて
三相発電機の
a -coil に関する
laa(t) ,
lab(t) は次式のように求めることができます。

次には
LF 行列(20.1h)の解説をします。
fd -coil の自己インダクタンス
Lffd は回転位相角に関係
ない固定値になります。RotorN 極⇒Stator 磁路⇒S 極の経路(
d 軸方向)を経る主磁束はRotor の
回転角度
θ = ωt がどこにあってもほとんど変化しません。主磁束の経路となる Stator の鉄心磁
路およびair-gap が360 度のどの方向に対しても一様構造なので
fd -coil の鎖交磁束数は影響を
受けないのです。故に時間
t = θ/ω の変数ではなく固定値
Lffd としています。同様の理由で
kd -
coil,
kq -coil の自己インダクタンス,
Lkkd ,
Lkkq および
fd -coil と
kd -coil の相互インダクタンス
Lfkd ,
Lkfd も固定値です。
次に
fd -coil と
kq -coil の相互インダクタンスは
Lfkq = 0 となります。
fd -coil が作る
d 軸方
向の磁束を90 度異なる
q 軸方向に位置する
kq -coil が鎖交することはないからです。 同様に
kd -coil と
kq -coil の相互インダクタンスも
Lkkq = 0 となります。
以上が Rotor インダクタンス行列
LF の式(20.1h)に関する説明です。
iii)
a,b,c -coil と
fd -,
kd -,
kq -coil 間の相互インダクタンス行列:
labc-F(t) ,
lF-abc(t) について
fd -coil が作る磁束は
d 軸方向を向いており、この磁束を鎖交する
a -coil は相対角度
θa の方向
に位置しているので両者の相互インダクタンスが
lafd(t) = Lafdcosθa となるのは当然です。

なお、
lafd(t) = lfad(t) 等の関係があるので 3x3 の行列
labc-F(t) と
lF-abc(t) が互いに転置行列の関
係にあり
labc-F(t) = lF-abcT(t) となることは当然です。式(20.1i)(20.1j)の説明は以上です。
20.6 まとめ
さて三相発電機の電気回路モデル図20.1 を出発点とする方程式モデルが式(20.1a)~(20.1k)
として求められました。また式中に登場するインダクタンス行列
labc(t) ,
labc-F(t) ,
lF-abc(t) に含
まれる自己/相互インダクタンスは180 度周期で脈動的に変化する式として明らかとなりました。
さて三相回路のインダクタンスが時間的関数的に変化するようでは系統システムとしての計
算に供することはできず、発電機モデルとしてはこのままでは前に進むことはできません。この
問題を克服する切り札となるのが
dq0 法です。
dq0 法とは abc 電気量を dq0 電気量に変換する
三変数変換手法です。 今回はここまでとします。
(2021年8月10日 長谷良秀 記)