三相発電機(同期機)の理論 その2
21.1 三相発電機の物理構造モデル(再掲)
前号No.20 では図20.1 の回路モデルを出発点とする三相発電機(ダンパー巻線付き)の式
(20.1a~k)を導入しました。図21.1 として再録します。 この
a ,b , c および
fd , kd , kq
と名付けた6 っコイルからなるモデルを今後は“
a b c 領域(domain)モデル”と称すること
とします。ステータおよびロータ側の現実の各コイルの電気量が
a b c 領域ではそのまます
なおに表現されています。ただし式(20.1a,b)などに登場する6 っのコイルの自己/相互イン
ダクタンスが全て存在し、さらに時間周期的な変数値となるので、インダクタンス行列が複
雑でこのモデルは発電機が繋がるシステムの電気量計算のための回路モデルとしては使い
物になりません。この課題を克服する切り札となる手法がそこで登場するのが“
dq0 (変換)
法”です。 複素記号法・対称座標法と並ぶ電気・電力技術の理論三大ツールが複素記号法・
対称座標法・
dq0 (変換)法であることは No.7などで少し触れました。“
dq0 (変換)法は
a b
c相の電気量を
dq0相という仮想の電気量に変換する三変数変換法”であると云えます。
その意味で対称座標法と類似の手法であるということができるでしょう。発電機の理論式と
ちょっと離れてまずは
dq0 (変換)法の定義式から勉強していきます。
21.2 dq0 (変換)法の定義
dq0 (変換)法では電圧・電流・鎖交磁束数に関する
a b c相の電気量を下式によって
dq0相
(あるいは
dq0軸ともいいます)と 1対 1 で関係付けます。

以上が
dq0法の定義式です。3x3の変換行列
D(t),および逆変換行列
D–1(t)はロータ位置(
N
極方向を
θ = 0とする)を起点として
abc相コイルの回転角度位置
θa, θb, θc で表現された
θ = ωtの時間関数行列になっており、各行列素は全て実数です。 対称座標法の場合は変換
行列が複素数
a, a2 を含んでいるので原則として電気量は複素変数として扱う必要がありま
したが、
dq0法では変換行列が実数なので電気量は実数変数として扱うことが可能です。
さてこの変換式の意味を物理的観点から考えます。式(21.1c)の1,2,3 行目の式
Ψd(t),
Ψq(t) ,
Ψ0(t) を再記します。

上式において“
Ψd(t) は
abc相コイルの鎖交磁束数の
d 軸方向成分の合計値の2/3”として
定義されていることになります。 2/3の意味は後で述べることとして、
“Ψd(t) はd 軸方向
(ロータのN 極方向)に位置している仮想のステータd 相Coil の鎖交磁束数である”と理
解することができます。仮想のステータd 軸コイルはいつもロータN 極の位置にあるのでロ
ータと一緒に角速度
ω で回転していることになります。 同様に
“Ψq(t) はq軸方向(ロー
タのN 極より90 度進み方向)に位置している仮想のステータq 相Coil の鎖交磁束数であ
る”と理解することができます。ステータ
q 軸コイルは
d 軸コイルより90 度進みの位置に
あってロータと一緒に角速度
ω で回転しています。
“Ψ0(t) は対称座標法の零相と全く同
じ”定義です。結局、「
dq0法とは現実の
abc相コイルに代わって仮想の
dq0相コイルを想定
した変数変換理論」であることがわかります。仮想のステータ
d − コイルと
q− コイルもロ
ータ側の
fd −,
kd −,
kq − コイルと同様にロータと一緒に回転していることになるのでこれ
ら六つコイルは相対的位置が変化しないことになり、各自己/相互インダクタンスは全て固
定値になることが予見できますね。
0− coil は零相電気量なので三相平衡状態ではゼロであ
ることが予見できますね。
21.3 abc領域, dq0領域, 012領域の相互関係(不平衡電気量の場合)
さて、ここで発電機モデルと離れて、数学的な変数変換(or 座標変換)という視点で
abc 領
域,
dq0領域,そして
対称座標法の012領域の相互関係について吟味しておきましょう。
[
abc座標⇔
dq0座標]は 1 対 1 の関係にあり,また[ abc座標⇔012 座標]も 1 対 1 の関係に
あります。 故に[ dq0座標⇔012 座標]にも1 対 1の関係があるはずです。対称座標法の変
換式はNo.7,No.8 で解説しましたが、電圧記号の
v を
e に代えて再掲します。

対称座標法では変換行列

,

が時間によって変化しない複素数行列であり、電気量

,

等は原則として複素数表現で展開していきます。式(21.5)の変数&変換式が複素
数表現であることを強調するために upper dot を付しておきます。 これに対して
dq0法で
は変換行列
D(t) ,
D-1(t) は時間t で変化するものの変換行列が実数ですから電気量(
ea,
eb,
ec)も(
ed,
eq,
e0)も一般に実数で表現します。
以上のことに留意して両者の変換式を関連付けてみます。複素変数にはupper dot を付しています。

式(21.7b)は
dq0電気量と 012 電気量の関係を示しており,
dq0領域では正相電気量は直流
電気量(時間
tが含まれない)になり、また逆相電気量は2 倍周波数の電気量となることを示
しています。
abc電気量を地上に立って観察するとき、その正相成分は角速度
+ω で回転し逆相成分は
−ω で回転しています。 ところが
dq0軸に変換された電気量はいわば“
−ω で回転中のロ
ータにまたがってステータを観察した電気量”です。したがって、“電気量の正相成分は
dq0
領域では角速度ゼロ(すなわち直流)の電気量となり、また逆相成分は角速度
2ω で回転する
量として観察される”と理解できます。
なお当然のことながら次のような重要な結論を得ますね。
任意のa b c -domain 電気量 ea(t), eb(t), ec(t) が三相平衡状態ならば012 領域では正相成
分 e1(t) のみとなり、逆相成分 e2(t) および零相成分 e0(t) はゼロとなる。またdq0領域では
ed(t) , eq(t) は直流量となり、e0(t) はゼロとなる。
式(21.7b)は次のように複素数で表現することもできます。

式(21.8b)は(21.8a)の両辺に
ejωt を掛け合わせただけの式であり、その右辺第
1 項、第2 項はそれぞれ正相および逆相電気量です。 式(21.8b)は地上に立って
観察する電気量であり、またこの式の両辺に
e-jωt を掛け合わせた式(21.8a)はロ
ータにまたがって観察する
dq0軸電気量であると説明することもできますね。

012 領域電気量と
dq0領域電気量を実数表現で関連付けた式式(21.9a)と(21.9b)が求めら
れました。この式はまた、三相不平衡な(正相・逆相成分を含む)電気量の
ed,
eq との関係をも示しています。
21.4 abc領域, dq0領域, 012領域の相互関係(三相平衡電気量の場合)
系統安定度とか短絡容量の計算、AVR やガバナーを含む制御性を扱うプラントシステムや
系統解析では殆どの場合、三相平衡現象として扱うことで概ね問題がないですね。
この場合は21.3 節での説明の特別の場合(逆相成分がゼロ)ですから次式の関係が得られます。

蛇足ですが,もしも電源電気量を
ea(t)=e1(t)=Ea1sin(ωt+α1) のように
Esinωt の形で表現
している場合には式(21,10d)に代わって次式のようになります。
21.5 dq0法の重要性と多様な応用について
さて、本連載のNo.20 において発電機の
abc 領域の方程式モデルを行ったうえでこのモデ
ルでは実用に供しえないことを解説しました。今回の No.21 では発電機理論に必須の
dq0法
そのものについて数学的な変数変換という立場から詳しく解説しました。 次回以降では発
電機の
abc領域モデルを
dq0法で変換した
dq0領域モデルを論じ、さらには対称座標法モデ
ルとして論じていくことになります。
ところで皆さん、私はNo.3「電気計算の七つ道具」において、三相交流システムの解析に
絶対必須の三大道具が①複素記号法 ②対称座標法 ③
dq0法の 3 っであることを述べま
した。 今回の No.21 ではその③
dq0法を定義したうえでこれが①複素記号法 ②対称座標
法とどのような関係にあるかを丁寧に解説したことになります。
さてその
dq0法についてですが、ひょっとして
dq0法について発電機の計算モデルとして
のみ必要な理論」とか「解析屋さんが知っておればよい理論」などと理解していませんか?
もしもyes であるとすればそれは大きい誤解です。
dq0法は第1 に発電機のみならず、電動
機を含めた回転機全般に登場する共通の理論です。第2 にこの理論は解析用途の数式モデル
としても必要ですが何よりも発電機の仕様(お品書き)の記述に欠かすことができません。
そして第3 に、単に机上理論として必要なだけでなく現実に回転機のパワエレ制御に組み込
まれた理論ツールでもあるのです。
代表的な一例として、図21.2 は
“三相誘導機のdq 制御方式速度制御の基本理論”を説明
する図です。負荷の重さが絶えず不規則に変化する電動機システムにおいてその速度・加速
度・トルクを最適にパワエレ制御する方式です。 無制御では各相不平衡でさらには高調波
を含んで気まぐれに変化する電流
ia(t),
ib(t),
ic(t) を連続的に検出して
id(t),
iq(t) に
dq 変換
( 0 相回路は多くの場合中性点非接地のため0 相電気量はゼロにつき考慮する必要がない)した
うえで比較回路へのフィードバック信号とします。次に比較回路で補正を行って時間で変化
しない直流指令値信号
i*d ,
i*q を作ってそれを逆変換して各相信号指令値
i*a(t),
i*b(t) ,
i*c(t) とします。
i*d ,
i*q が直流値であればすれば指令値
i*a(t),
i*b(t) ,
i*c(t) が三相平衡
制御プラス高調波リップル除去制御になることは式(21.10a,b)の説明から明らかです。このよ
うな制御ロジックがモータの速度制御や風力発電システムのパワエレ変換システム制御のチッ
プにファームウエアとして組み込まれているのです。変換式はほかならぬ式(21.10a,b,c)でよ
いわけです。

また送変電分野では直流送電変換システム,また鉄・非鉄・化学・電気炉等の工場や配電系シ
ステムで使用される
高調波フィルター(Active Filter)などでも同様の制御理論が活躍してい
るわけです。
詳しくは下記の拙著をご覧ください。
a) 電力技術の実用理論 (丸善2015 年 長谷著)
b) Power Systems Engineering with Power Electronics Applications:2nd ed.
( Wiley 2013 by Y.Hase)
c) Power System Dynamics with Computer Based Modeling and Analysis
( Wiley 2019 by Y.Hase, T.Khandelwal, K.Kameda)
空きスペースを利用して便乗宣伝で恐縮ですが、b)はa)とほぼ同一内容です。
c)は私およびETAP 社COE のTanuj Khandelwal 氏、元エルテクスの亀田和之氏の共著で
2019 年1 月に出版されました。PartA(1-21 章電力システム理論:長谷著), PartB
(Computation 理論:by Khandelwal), Part3(ETAP 活用事例:by Khandelwal &Kameda)
からなっており、A4 サイズ厚さ6cm 全1100 頁の大型本です。 英語本b)c)は海外では結
構知られた自称“名著”ですが、日本ではさっぱりで誰も知りません。 ETAP ご利用の
方々は辞書代わりに活用いただければ幸いです。
(2021年9月9日 長谷良秀 記)