電力技術理論徒然草 No.26 (長谷良秀) 
     
 
三相発電機(同期機)の理論 その7

26.1 発電機 dq0 リアクタンスおよび短絡時定数 T"d, T'd, T"q
  dq0領域において発電機自身の等価回路図および発電機が系統につながっている状態を示す 回路図を図26.1a 図26.1b として再録します。 前回No.25 ではこれらの回路図を出発点とし て、系統側に短絡が発生した場合の時定数また我が発電機が系統につながって運転中に系統側 で短絡事故などの外乱によって過渡現象が生じた時のdq 軸時定数 x"d, x'd, xd, x"q, x'q = xq 等が下式のようになることを解説しました。


また、短絡時定数 T"d, T'd, T"q 等について式(25.4b)等で解説しました。ただしこの等価回路図は 時間を t sec に代わって radianとすることで導入されたのでしたから上述の時定数 T は全てradian で表現されていることになります。そしてsec と radian は次式で表されます(23.2 節ⅲ項参照)。


1sec = 2πfbase radian ですから です。 故に(26.2)の時定数を秒で 表現するためには 2πfbase( fbase = 50hz とすれば = 100π )で割ればよいわけです。 式(25.4b)等で求めた短絡時定数を単位秒で表現して再録します。


26.2 時定数の基本概念 (補足)
  次には発電機 dq0 等価回路の開路時定数について解説する必要がありますが、その前に一般 論としての時定数 T について少し補足的解説をしておきましょう。 時定数はNo.6 にて LCR 回路の過渡現象の複素演算でも登場しましたが、最も端的に理解するために、或る変数入力 x(t)t = 0 のタイミングでステップ状に変化する場合にその出力変数 y(t) が Exponential に応 動する場合を考えます。 式で書けば y(t)=A・e-t/T の時定数 T について補足します。この式 で t = T とすれば となります。 従って、「或る変 数が最初の値が減衰して 1/e=36.8% の値に達するまでの時間 T を時定数と定義している」と 表 現 で き ま す 。 ま た 、 y(t) の 変 化 速 度 は です。そして ですから t=0+ における変化速度が A/T となります。
あるいは,図 26.2 のようにステップ状の入力 A・1(t) に対して出力が y(t)=A・(1(t)-e-t/T) のよ うに exponential に応動する場合で説明することもできます。図では , となります。 そして T は図のように t = 0+ の時の傾斜切線と到達値 A の交線 として図式的に知ることもできます。


26.3 発電機 dq0 等価回路の開路時定数 T"do, T'do
次に、発電機が運転状態から解列される場合、すなわち図 26.1b で d 軸回路の Sw1 と q 軸回路 の Sw2 が同時に閉状態から開放される場合の回路時定数 T"doT'do について考えます。 添え字 の o は(ゼロではなく)回路 opening の頭文字 o です。図で rkd につながる合計リアクタンスは ですから両者の比の逆数が時定数 T"do になります。 同様に T'dorfdxad + xfd の比の逆数となります。 即ち




T"do は表25.1 に示すように5~10 秒です。 発電機が開放された直後には発電機内に10 秒ほど の電圧・電流の過渡現象が続くということを意味しています。

26.4 発電機の直流減衰時定数 Ta
発電機にはもう一つ、電機子時定数 Ta というものがあります。通常は“直流時定数”と称されて おり、遮断器の“電流ゼロミス問題”を直接左右する重要な時定数です。 発電機端子近傍で短絡事故が生ずるとその直後には短絡過渡電流が流れます。 その電流には 直流成分が重畳しており、直流成分は時定数 Ta で減衰します。 この時、保護リレー検出& Trip 指令を受けて遮断器はこの短絡電流を遮断することになりますが、万一直流電流成分の減 衰が遅くて( Ta が長くて)短絡電流がプラスor マイナス方向にオフセットしたままの時間帯が 長く続くといわゆる「電流ゼロミス」のために遮断器が遮断失敗を生じてしまいます。 遮断 器の短絡電流遮断失敗はシステムの広範囲大停電を生ずる深刻な事態につながるので「電流ゼ ロミス」による遮断失敗は絶対に回避する必要があります。 そういう意味で直流時定数 Ta は 技術的に最も留意すべき時定数です。 Ta は一般に次式で計算されます




26.5 発電機の端子三相短絡時の短絡過渡電流の計算式
さて、時定数の解説が全て終わったので、実際に発電機の端子で三相短絡が発生した場合の過 渡電流の計算式にこれらの時定数がどのように組み込まれているかをチェックしてみましょう。 発電機が系統につながって運転中にその端子付近で三相短絡が生じた場合の過渡電流を計算す ると次式のようになります。なお次式(26.6)の式の導入過程についてはここでは省かざるを 得ませんが、末尾コメントを参照ください。


右辺第 1 項は 50/60Hz の定常項、第2、第3 項は時定数 T"d, T'd, T"q で減衰していく50/60Hz の 過渡項で, T"d, T"q が60ms(3 サイクル)程度で前後で T'd が1sec 弱なので短絡電流は1 秒ほどで 定常状態に落ち着くわけです。そして第4 項が時定数 Ta で減衰する直流電流の項です。第5 項 は2 倍周波数項ですが x"d≅x"q ですからほとんど無視できます。直流項の時定数の典型値は定数 表で示したように0.2~0.3 秒です。直流電流が36.8%にまで減衰するのに0.2 ないし0.3 秒か かるということです。 図26.3 は三相短絡電流の第1 相分の電流波形の計算結果を式(26.6) の右辺の全電流および各項成分毎の波形としてと示したものです。直流成分は8 サイクル程度 で減衰消滅していること、交流過渡成分は1 秒程度続くことなどに注目してください。



  ところで短絡地点が発電機より少し遠い地点になるとどのように影響を受けるか考えてみま しょう。端子短絡時の直流時定数が であるとして、短絡事故点が発電機端子より 遠ざかると線路の定数が追加になるので直流項の時定数は のよ うに修正されますが、一般にはシステム側の負荷抵抗等の影響で直流時定数はもう少し短く、 概ね0.1 秒以内になるので遮断器のゼロミス問題から開放されているわけです。

26.6 発電機の三相平衡定常運転状態
  さて、連載 No.17 から回を重ねて発電機の回路理論を展開し、その結果として dq0 領域に変 換された状態での等価回路や各種のリアクタンス、時定数などにつて一通りの解説を終わりま した。 これまではいわば“発電機が式として、あるいは回路図としてどのように表現できる か?”ということについて回を重ねて解説をしてきました。 これからはその回路式あるいは 回路図を起点にして、“発電機が如何に振舞うか?”ということ、すなわちその応動に軸足を移 して解説していくことになります。 そしてその後には“複数の発電機 (and/or 電動機)群が 如何に振舞うか?”ということ、すなわち系統の動特性理論につながっていくわけです。

  発電機の応動を検討する最初のケースとして“三相平衡で定常運転の状態”について学ぶこ とにしましょう。このケースは続けて学ぶ様々な応動状態の初期条件としてもしっかり理解し ておく必要があります。
発電機が三相平衡状態で運転中ですからその電圧・電流は次式(26.7)のようになります。




さて、発電機端子の電圧・電流がこの式のような場合に発電機の dq0 回路式がどのようになる かを吟味します。
起点になるのは式(24.1a)(24.1c)として導いた発電機ステーター dq0 コイルの式ですがここ で再度式(26.8a,b)として再録しておきましょう。 なお、全てPU 値ですからupper-bar は 省きます。また PU 表現では でインダクタンスとリアクタンスは置換かのうでしたから L をx に置き換えています。なおロータ側の電気量はここでは扱わないのでその関係式は書き出す必 要がありません。




三相平衡運転状態では dq 軸電圧電流は式(26.7b)に示すように直流(時間によって変化しな い)になりますが磁束 Φd(t) Φq(t) についても同様ですから式(26.9b)のようにその微分値は d(t)/dt=0 dΦq(t)/dt=0 となるのも当然です。
さて、Park 式(26.8a,b)に(26.9a,b)を代入すれば次式を得ます。 三相平衡状態ですから零 相電気量は当然ゼロになります。 また定常常状態ですからダンパーコイルに電流は流れてい ないので当然 ikd=ikq=0 となります。 なお、電気量は全て時間関数ですが見ずらいので (t) を省いて表記します。


この式から発電機の三相平衡定常状態における dq0 領域ベクトル図 26.3a を描くことができま す。また、式(26.9b)の両辺に ejωt を掛ければ(これはロータに固定された座標軸での表現を地 面に固定された座標で表現に変更する操作ともいえることは既に解説しました)次式を得ます。


上式で左辺第3項の j(xd-xq)・id・ejωt (凸極項といいます)がちょっと邪魔ですが、円筒機(火力 機・風力機など)では xd = xq ですし、凸極機(水力機)でも xd ≅ xq と見なしてしまえば第 3 項は 実用上無視できます。 従って式(26.11c)は


これは図26.4bb として表現できます。これは正相(あるいは三相平衡な条件での第1 相)回路の式に他かなりません。


  今回はここまでとしましょう。次回は発電機の dq0 リアクタンスや時定数が三相回路の対称座標 法計算で実際にどのようにかかわってくるかというようなことを学ぶことにしましょう。”電力 or 動力システムの特性とか応動“とは殆ど“発電機の集合体の特性 or 応動”と同義語といっても 差し支えありません。 従ってあ h 津電気の特性や応動を学ぶことが電力&動力システムを学 ぶ基礎となります。そういう意味で発電機応動の話はまだまだ続きます。

さて、以下はコマーシャルタイムです。
式(26.6)の三相短絡過渡電流の計算は① dq0 等価回路式,②対称座標法,③ラプラス変換とい う3 っの変換法を使って計算することになります。 スペースの関係で詳細は省かざるをえま せんが、計算の課程は下記の拙著に詳しく示していますのでぜひ挑戦してみてください。 式(26.6)が導入できれば dq0 法も対称座標法も、またラプラス変換法も免許皆伝です。

A) 電力技術の回路の実用理論
  発電・送変電からパワーエレクトロニクスまで (長谷良秀著 丸善出版,平成27 年,702 頁)

B) Handbook of Power-Systems Engineering with Power electronics Application   (by Y.Hase, Wiley 2013,760 pages )

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C) Power Systems Dynamics with Computer-Based Modeling and Analysis   (by Y.Hase , T.Khandelwal, K.Kameda , Wiley 2020, 1090 pages)

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C)は “ほぼA4 サイズ,厚さ6cm、6.1kg”でボリュームは間違いなく“大著”です。コロナ発 生と同時期の2020 年1 月に出版されました。内容的には①電力理論②Computation 理論③ETAP 応用例の三部構成で全1090 頁手たったの160 ドル、大変ためになる“良書”なのですが、英語 嫌いが定着している日本では誰も出版の事実を知らず、買ってももらえません。

(2022年2月8日 長谷良秀 記)
 
     
   
     
 
 
 
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