電力技術理論徒然草 No.30 (長谷良秀) 
     
 
発電機の皮相電力と能力曲線(Capability Curve)

30.1 はじめに
さて、この連載ではNo.17~No.28 の10 回にわたり発電機が電気回路としてどのように表現できる か、またその中で電圧 v(t) ・電流 i(t) ・磁束 φ(t) という電気量がどのように振舞うかという視点で “発電機の回路理論”を学んできました。 そして前回No.29 ではちょっと発電機から離れて、皮相 電力 という概念を復習し、さらに三相回路の abc相電力が012変換や dq0 変換で どのように表現できるか、また電力の PU 化等について解説しました。 これで準備は整いました。 これからは発電機が負荷に繋がれた運転状態、すなわち電力システムの問題として勉強を進めてい くこととします。 当然ながら皮相電力 PQ 座標 (P,Q) あるいは pq 座標 (p,q) の 形で登場します。

30.2 三相平衡運転中の発電機の端子電圧 eG ,電流 iG ,励磁電圧 Efd および P,Q の関係
  図30.1a のような1 機無限大母線系統をについてその運転状態を PQ 座標で表現することについて 解説します。 たとえば或る発電機 G の単機容量が100 万kW であるとして連携している系統の規模 が10 倍(1,000 万kW 級以上)であれば概ねこの1 機無限大系統と見なすことができるでしょう。” 無限大母線”は“その端子電圧がいつも eB≅1.0 で、なおかつ無限大容量(内部インピーダンスが 限りなく小さい ZB≅0 )である”と理解すればよいでしょう。
発電機が三相平衡状態で運転中であるとして、その端子電圧 eG 電流 iG とします。 その出力パワー は当然次式のようになります。



ここで Zl は発電機 G の端子から系統負荷側に繋がる(を見る)インピーダンスで特性インピーダンス とも云います。 Zl は系統内部インピーダンス ZB と送電線インピーダンス jxl が直列的に繋がれた インピーダンス Zl=Zsys+jxl ですが、 図のケースでは無限大母線の内部インピーダンス ZB≅0 なので Zl=jxl ということになります。 なお通常の運転では発電機端子電圧は略1.0PU の状態に 保たれていて |eG|=1.0±0.05 ですから e2G=1.0±0.1 、また 1/e2G=0.9~1.1 の関係が保持されていま す。したがって座標系 (P,Q) にたいして座標系 (p,q) その時の運転電圧 eG の絶対値に応じて縦横軸 目盛が相似的に 1 割程度伸縮するということになります。

さて、式(30.1)は発電機自身(図30.1a で端子の左側)の関係を示していますが、系統側(図の右 側:負荷側といても良い)の力率角 φ (力率がcosφ) とすれば次式が成り立ちます。



  ここでシリーズNo.26 で学んだことを思い出してください。26.6 節で発電機が定格一定速度でかつ 三相平衡負荷に接続された運転状態の場合には、図26.4a のような dq 軸座標上の電圧電流ベクトル として表現できることを学びました。 そこでこのベクトル表現を利用すれば図30.1a の運転状態の ベクトル図として図30.1b を得ます。ただし、簡単なために水力の場合に存在する突極効果は十分小 さい(すなわち (xd − xq) ・ id ≅ 0)ものとして無視して表現しています。



さてそこでもしも αpq で置き換えることができれば, Efdp,q で表現できることになって 好都合です。それは可能です。 図30.1b において次式のような関係が見いだされることを確認して ください。



従って式(30.4) 16.4は次式のように p,q の関数として表現することができます。



Efdp, qeG . だけを変数とする式として表現できました。励磁電圧 Efd の大きさがが (p,q) 座標上 で表示できるということを意味しています。 さらに図30.1b のベクトル関係から発電機端子と無限大母線の電圧の間には次の関係があります。



上式より eGp,q と無限大母線側の eBxl で表現することもできました。 今、或る定常運転状態 (大系統側がが eB (≅1.0) で、かつ送電線の xl が固定値)であるとして、また当該発電機のMW 出力 p が 0 ~ 1 の範囲で固定出力で運転中とすれば eGq は一方が決まれば他方が決まる関係にあ ることを意味しています。 換言すれば、系統条件が変化する( eBxl が気まぐれに変化する)状 況で eG を一定に保とうとすれば q が変化し、また q を一定に保とうとすれば電圧 eG を変化させる必 要があるということです。 eGq を両社とも勝手に制御することはできないのです。
また系統が或る状態で安定的に運転されていていて eB≅1.0eB であるとします。もちろん送電線の xl も固定値です。 このとき、Efd, eG, iG などが次式によって (p,q) 座標上で表示できることをも 意味しています。



さて、これで発電機の運転状態とか運転限界をその出力 (P,Q) あるいは (p,q) で論ずるための準備 が整いました。

30.3 発電機の回転速度限界
  さて、発電機には回転速度限界があり、火力機の場合では一般に図30.2 に示すような規格で決め られた範囲内で運転することになります。 回転スピードに上限 ・下限があることは直感的に当然 ですが、その理由は発電機の回転機械としての考察する時にさらに詳しく論ずることにしましょう。 以下では発電機がこの許容回転速度 で運転されているという前提で解説を進めていき ます。



30.4 発電機の能力曲線(Capability Curve)
発電機には当然のことながら定格出力 Prate[MW] と定格 MVA 容量 = 1.0 [MVA] があります。そのほかにも励磁容量限界とか低励磁状態で生ずる異常過熱を防止する限 界、さらには系統安定度の限界等々があります。 これらをまとめて (P,Q) 座標あるいは (p,q) 座 標上で表示する能力曲線(Capability Curve) という便利な表示法があります。 個々の発電機の 性能仕様(SPEC)の重要な一部をなす特性です。 図30.3 は pq 座標として表示した発電機の能 力曲線です。
これからはこの運転特性を丁寧に勉強していくことにしましょう。



30.4.1 容量MVA 限界(曲線②-③)
発電機が任意の有効電力 p と無効電力 q 出力での運転状態を pq 座標上の一点 (p,q) で示すことが できます。 さて発電機には発電可能は皮相電力の上限値 Smax が定格容量 [MVA] として存在するの で許容運転点 (p,q) は式(30.9)③より次式を満たす必要があります。


そして運転可能は皮相電力の上限値 Smax=1.0 は PQ 座標上で中心点が (0,0) で半径が の円として描くことができます。ただし通常の運転状態では eG≅0.95~1.05, 1.0/e2G≅0.9~1.1 であることを念頭に入れて、PQ 座標を pq 座標に読み替えて 端子電圧 eG が5%高いときは半径が0.9 倍に、また5%低いときには半径が1.1 倍になるように pq 軸のメモリを適宜伸縮してやればよいことになります。図 30.3 は PQ 座標に代わって pq 座標とし て表示した発電機の能力曲線です。 点②③は eG=1.0 として PQ 座標あるいは pq 座標の半径1.0 の円弧として描かれており、MVA 定格容量リミットを示しているということになります。

30.4.2 発電機の励磁電圧と無効電力の関係および励磁電圧(電流)限界
  次に図 30.3 において任意の点 (p,q)p は有効電力 [MW] ですから原動機出力(原動機側のコ ントロール弁/ガイド弁)を加減することによって P あるいは p は 0~1.0 の範囲で制御できること は自明です。弁の開度を固定すれば P = p ・ e2G は決まります。 それでは無効電力qは何を意味し、 また何で制御されるのか? q の上限値として描かれている円弧➀②は遅れ無効電力運転の限界値 Qmax ということになるが、具体的には何によって制限されるのか? その答えは先に求めた式 (30.9)によって説明することができます。
式(30.9)④に注目して Efd(p,q) の関係についてさらに吟味します。 この式を書き直せば次式を得ます。



この式は pq 座標上で任意の点 (p,q) が中心点 (0,–1/xd) で 半径 Efd/(eGxd) の円として表現できること を意味しています。
図の pq 座標上で任意の点 S(p,q) は中心点が座標点 (0,–1/xd) の⑤を起点としてその長さが Efd/(eGxd) のベクトル点として表現できるのです。 即ち、運転点 S(p,q) は励磁電圧 Efd を大きくすれば上 方(遅れ無効電力)に、小さくすれば下方(進み無効電力方向)に移動することを示しています。
発電機には励磁電圧 Efd (励磁電流 ifd と言い代えても良い)の設計上限 Efdmax があり、その限界を 示す図30.3 の点➀②は中心点 (0,–1/xd) 半径 Efdmax/(eGxd) の円の円弧であり、発電機の定格励磁容 量(発電機励磁巻線容量とそのパワエレ電源容量の設計上限値)で決まる制限ということになりま す。

30.4.3 発電機の励磁電圧と無効電力の関係および励磁電圧(電流)限界
  さて、ここで発電機の運転者になったつもりで発電機制御の基本事項をおさらいしましょう。 運転者は原動機出力(原動機側のコントロール弁/ガイド弁)を加減することによって P を0 ~1.0 の範囲で制御できることは自明です。弁の開度を一定値にすれば pq 座標で示す運転点 S(p,q) の横 軸の位置 P は決定 (p = P / e2G) はこれで略決まりです。 運転者にはもう一つだけ制御可能なポイ ントがあります。それは励磁電圧 Efd を増減することです。 今、 MW 出力 p は一定に保ったまま で Efd を増加すれば運転点 S(p,q) は真上の方向に移動し、Efd を減少すれば運転点 S(p,q)は真下 の方向に移動します。 それでは AVR によって発電機端子電圧を一定に維持しようとすればどうな るか? 式(30.11)の関係から思考実験をしてみてください。 xd は発電機の設計で決まった固定 値ですから、変動が許されるのは四つの変数 p, q, eG, Efd であり、これら変数は互いに関係付けら れていて F (p, q, eG, Efd) = 0 の関係にあることが明らかです。 一つの変数を変化させようとすれば 必ず他の変数のどれかを変化させる必要があるということです。 そこで、系統側条件が勝手に 変動する状況で、我が発電機の出力パワー p を一定に保ちつつ、端子電圧 eG をも一定に保つために は Efd を変化させるしかないのですが、それには必ず q の変化を伴わざるを得ないということになり ます。そしてその状況は pq 座標上で運転点 S(p,q) が縦軸に平行に上下することを意味します。 また無効電力 q を変化させるためには Efd を増減するしかなく、その時発電機端子電圧 eG も変化す ることを意味しています。
さて、このような以上のことから発電機はAVR 運転とAQR 運転のいずれか一方での運転が可能と いうことになります。



30.4.4 発電機の定格力率について
定格容量制限②③と励磁容量制限➀②のつなぎ目②と原点(0,0) を結ぶ直線に注目します。この直線 は tanφrate = P/Q = p/q で表現できて一定傾斜角度 φrate の直線です。 IEC,IEEE,JEC など万国共通 の発電機の規格によって発電機の定格力率 cosφrate は 0.8, 0.85, 0.9 のいずれかの標準力率を使うこ とが決められています。 つまり pq 座標上で二つの円弧➀②と円弧②③の交点②と原点を結ぶ直線 が必ず力率0.8, 0.85, 0.9 のいずれかの直線となるように規約されているのです。換言すれば、発電 機メーカは励磁容量の設計値 Efdmax を決定するにあたって, PQ 座標あるいは pq 座標上の指定され た定格力率(たとえば tanφrate = 0.85 )直線上において、その最大出力 Qmax を保証しているわけです。
定格力率の解説は以上です。 もちろん “定格力率以内で運転しなければ・・・” などと云ったら 恥をかくことになるから気を付けましょう。
  さて今回はここまでとします。 次回は能力曲線の低励磁領域の制限について解説します。

(2022年5月21日 長谷良秀 記)
 
     
   
     
 
 
 
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