電力技術理論徒然草 No.32 (長谷良秀) 
     
 
発電機の P-Q-δ 特性と P-δ 曲線, Q-δ 曲線

32.1 発電機の 3 次元 pqδ 特性と P-δ 曲線と P-δ 曲線の導⼊
  電力システム(Power system)とは端的に表現すれば、発電機の集合体と負荷の集合体が線路 (架空送電線,電力ケーブル,変圧器,開閉機器など)を介して接続されたシステムです。したがっ て1 台の発電機が系統、あるいは負荷側に連系されてシステムとなっている状態での振る舞いを しっかり理解することが非常に大切です。 これからはこのような状況についてしばらく勉強 をしていきます。
  発電機が三相平衡状態で運転中の場合についてはNo.26 とNo.27 で詳しく解説しましたがその 時の式(27.1)~(27.3)を新しい式番で再録します。

  まずは発電機が三相平衡状態で運転中の状態(正相回路システム)についてその電圧・電流は 次式(32.1a,b,c,d)のようになります。変数のupper-bar は省いていますがいずれもpu 値と理解 してください。





三相平衡状態では正相電気量と dq 電気量 ed,eq,id,iq は直流量になるのでした。この時のベクト ル関係は図 32.1 のように表現されます。そして、式(32.3b)の両辺に time operator ejωt を掛け ることで交流の正相電気量として表現できるのでした。⽅程式として ejωt を掛ける操作は図32.1 で静⽌状態として描かれているベクトル図が⾓速度 ω で反時計⽅向に回転する状態をイメージ すればいいですね。



さて、この状態での発電機の皮相電力 S=P+jQ について考察します。Pu 化された式とし て次式のようになります。



そこで riq, rid の項を無視して上式 id, iq を式(32.4)に代⼊消去すると P ,Q を発電機の電圧とリ アクタンスだけで表す次式を得ます。



さらに ed, eq に代わって三相平衡状態で成⽴している式(32.1b)のed=E1sinδ 等の関係を代⼊し て PQ を発電機の端⼦電圧 E1 と励磁電圧 Ef および内部位相⾓(励磁電圧と端⼦電圧のなす ⾓) δ で表す重要な次式(32.7)を得ます。



式(32.7a)➀の右辺第2 項,②の第3 項,また(32.7b)の第3 項は xd≠xq の場合(⽔⼒機のような 突極機の場合)に現れる突極効果(saliency effect)を⽰す項で突極項と云います。⾮突極機 (⽕⼒機など円筒型機; xd=xq )の場合は式(32.7a,b)で突極項が消滅するだけでなく第 1項 がさらに簡単になって次式となります。



  式(32.8a)は PQ 座標上で円特性として描くことができますね。 xd=xq という条件付きで中 ⼼点が (0,-E12/xd で半径が EfE1/xd の円として描くことができます。円線図です。pq 座標で 表す式(32.8c)ももちろん中⼼が (0,-1/xd 半径が (Ef/E1)/xd の円になります。
円線図として図⽰するのは省きますが、皆さん描いてみて変数 p, q, E1, Ef の関係を実感してみ てください。そしてこの曲線がNo.31 の図31.2 で解説した定態度安定度限界曲線⑤⑦と概ね⼀ 致していることに留意してください。ただし図31.2 では線路側のリアクタンス値 x1 を考慮して いるのに対して式(32.9a,b)では発電機が極めて⼤きい系統に繋がっているとして線路側のリ アクタンス x1≅0 として導いているために両者は完全にはいっちしていません。 円線図や定態 度安定度限界については次回以降でさらに詳しく吟味しますからここではこれ以上の深⼊りは しません。

32.2 3次元 P-Q-δ 特性と P-δ 曲線, Q-δ 曲線の考察
  話を⽪相電⼒の複素式(32.7b)に戻します。この式は E1 (通常≅1.0), Ef をパラメータと して三変数 (P,Q,δ) の 3 次元座標で P-Q-δ 曲⾯として描くことができますね。それを (P,δ) 座標および Q-δ 座標として2次元断⾯に投射して描くと図32.2(b)を得ます。それぞれ P-δ 曲線, Q-δ 曲線と云います。 両者は P-Q-δ 曲⾯の 2 次元投射ということで切り離して論ず ることができない双⼦の関係式ということになります。



  さて、ここで式(32.7b)の意味することを発電機の運転技術として総観してみましょう。発 電機は(原動機出⼒ P(MW) が Control governor によって制御されて)出⼒ P ⼀定,回転⾓速度 ω ⼀定で定常運転中です。この状態を⽰す式(32.7b)は陰関数として F(P,Q,E1,Ef,δ,ω)=0の 変数関係にあると理解できます。 式中の xd, xq は発電機の固有定数ですから変数ではありま せん。また ω=2πf も本来は変数ですが、通常の運転状態では governor によりしっかり定格速 度 f=50/60hz になるよう追従制御されているので⼀定値とみなすことができます。 次に端⼦ 電圧 e(t)=E1ejωtE1AVR によって Ef を加減制御することで通常は制御⽬標設定値の E1 に維持されていることになります。したがって、発電機側として制御できる変数はガバ ーナで制御される P と励磁電圧 Ef のみです。これらのことを念頭に⼊れた上で式(32.7a)➀ ②と図 32.2 で⽰す P-δ 曲線と Q-δ 曲線を対⽐しつつ⼆つの思考実験を⾏います。

  第1の思考実験;原動機出⼒ P ⼀定で Ef を減ずると
  今、原動機出⼒ P ⼀定かつ E1≅1.0 で運転しているので P-δ 曲線の式(32.7a)➀で Efδ だけが変数です。そこで第1 の思考実験として Ef を減じて Ef-ΔEf にすれば(低励磁⽅向に変 化させれば)、P が不変なので右辺第 1 項の (EfE1/xd)sinδ が増⼤することになり、δδ+Δδ に変化して図 32.2 の運転点は 0 度近傍から 90 度⽅向に変化するしかありません。(右辺 第 2 項の突極項は⼩さいので無視しても良いでしょう)。 そして δδ+Δδ のように増加して 運転点が右 90 度⽅向に移動すると Q-δ 曲線の式②の第 1 項 (EfE1/xd)cosδ が減じていきます。 図32.2c に⽰すように Qδ が0〜30 度の範囲では δ が⼤きくなるに従って正値を減らしていき ますが、略 30 度を超えると Q はマイナス値に転じて急こう配で負⽅向に⼤きくなりますね。 励磁電圧 Ef を減ずると Q は進み無効電⼒になるのです。No.31 では能⼒曲線の PQ 座標で Ef を 減ずると Q は第 4 象限の下⽅に進むことを解説しましたが、この思考実験の結果と当然⼀致し ますね。

  第2の思考実験;原動機出⼒ P を増加させると
  第 2 の思考実験として原動機出⼒ PP+ΔP に増加させることを考えます。 P-δ 曲線の式 (32.7a)➀で左辺 P を⼤きくしていくのですから右辺の (EfE1/xd)sinδ が増加します。そして この (EfE1/xd)sinδ を図 32.2(b)のように (P,δ) 座標上の運転点として図⽰したものが P-δ 曲 線ですから、P が現在値から P+ΔP に増加するということは (P,δ) 座標の P-δ 曲線上の運転点 が右上⽅向に移動していくこと、換⾔すれば、δ が現在値(例えば 10 度付近)から 90 度⽅向に 向かって δ+Δδ 移動することを意味します。なお、P-δ 曲線図だけを⾒れば Pδ=90まで は増加させることができるように⾒えます。なお発電機が送り出す電⼒ PP-δ 曲線の頂点値 EfE1/xd 以上に増⼤することは(仮に原動機側出⼒は可能としても)電気的に不可能です。
  さて、P を増⼤させると δ が現在値から 90 度⽅向の δ+Δδ に向かって⼤きくなることがわか りました。 これに伴って Q-δ 曲線でも運転点 (Q,δ) は当然連動して右⽅向に移動します。 Q の供給量も Q-δ 曲線の右下⽅向(進み⼒率運転の⽅向)に変化することになりますね。これ が問題の核⼼です。

  図 32.2b,c を対⽐してさらに詳しく観察してみます。 PΔP だけ増加させることによって δδ+Δδ に増加して運転点が右⽅向に移動します。 δ が 0〜10 度の範囲ではプラスの Q 値 (遅れ⼒率運転)は Q-ΔQ に減じますが、その変化分 -ΔQΔQ/ΔP≅-0.3 程度です。 増加 量 ΔP に伴ってその三分の⼀程度の ΔQ を減ずることになります。 次に δ が 30 度近傍になる と、 はプラス値(遅れ⼒率運転)からマイナス値(進み⼒率運転)に転じて、さらに δ が30 度を超える領域では急こう配で図の右下⽅向(進み⼒率運転⽅向)に向かいます。そして δ が 45 度付近では ΔQ/ΔP≅-1 程度、また δ が 60〜75 度付近では ΔQ/ΔP≅-1.5〜-2 程度になり ます。この領域では PP+ΔP に増加させることによって無効電⼒供給量も -Q から -(Q+ΔQ) に変化しますが、変化分 -ΔQΔP の 2 倍程度も必要となることを⽰しています。 これはいったい技術的にどういうことを意味するのでしょうか? ずばり答えを先にいいまし ょう。 δ が 30 度を超える運転点では、P をわずか 1MW 増やすのに 2〜3Mvar の進み無効電⼒ Q を供給する必要があるということです。 δ が 30 度を超える運転点では P を上回るほどの -Q が供給されるならば E1≅1.0 に維持しつつ運転が可能ということを意味しています。 ところが、 発電機は P 容量(供給上限値)を上回るほど⼤きい -Q (進み無効電⼒)を供給できませんね。
  ここで前回のNo.31 で解説した発電機能⼒曲線の図を思い出してください。PQ 座標で⽰され た能⼒曲線の第 4 象限によって⽰された発電機の進み相無効電⼒供給能⼒ -Qmax は現実に AVR のUEL(Under excitation limit)制限値で下限が制限されて極めて限定的でそれ以上に⼤きい -Q を供給することはできません。 換⾔すれば、P増加 →δ 増加に伴って Q 値は第1象限から 第4 象限に移り、遂にはUEL 設定線上の 1 点 -Qmax まで達した後はその値 -Qmax での固定値運 転(AVR の電圧制御機能が停⽌して E<f は低励磁状態でUEL 設定値に固定)に移⾏します。 さて、このことを念頭に⼊れて式(32.8b)②(再録します)で P,Q,E1 連動の問題として考え てみましょう。



  この式で E1≅1.0 に維持しつつ P を増加していきます。δ が0〜15度付近の⼩さい運転状態では 分⺟ Q+E12/xdQ が正値を減らしていく形で式が釣り合って成り⽴っています。 P がさらに 増加して δ が 30 度付近になると Q は負値に転じてその絶対値が⼤きくなることで式の分⺟ Q+E12/xd が⼩さくなり式の平衡は確保されます。ところが P がさらに増加して δ が 40 度付 近になると Q の負値は UEL 限界に達して⼀定値に留まることになります。 この段階になると もはや Q ⼀定なので E1 が 1.0 より⼩さくなることでしかこの式の平衡は保てません。端⼦電圧 E1 が低下し始めるのです。 今度は、P-δ 曲線の式(32.7a)➀に⽬を移して、P が増加するの で (EfE1/xd)sinδ が増加しますが、E1 が低下し始めれば式の平衡を保つために sinδ が増加する しかなく、δ が急速に増加するしかありません。P-δ 運転曲線の頂点 E1Ef/xd が低くなってな おかつ運転点が右 90 度⽅向に急速に移動し始めます。 結局、P の増加が限界を超えると急速 に電圧 E1 が低下し、δ が急増して不安定領域に突⼊し我が発電機も系統grid もろともに崩壊す ることになります。“定態安定度限界による系統崩壊”と⾔われていますが“系統の電圧崩壊”とい う⽅がより的確な表現であろうと思います。

  さて、3 次元の P-Q-δ 特性と P-δ 曲線と Q-δ 曲線についていろいろ説明してきたことを 要約します。「発電機が線路負荷系に繋がるシステムとして運転している状態では、その運転特 性は (P,Q,δ) の 3 次元特性で⽰されること。そして発電機の出⼒ P を増加させていくと内部位 相⾓差 δ が 10 度 20 度と次第に増加していくが、その許容範囲はせいぜい 0度〜30 度程度であ ること。 δ が 40 度前後を超えると発電機が供給できる進み相電⼒ -q が不⾜して電圧低下を 招き、結果として不安定領域に突⼊してシステムが崩壊する」ということを説明しました。

32.3 ⼤いなる誤り「 P-δ 曲線の位相⾓ 90 度まで安定」
  ところで電⼒の⼊⾨書では往々にして図 32.1(c)の Q-δ 曲線を⽰すことなく図(b)の P-δ 曲線のみを⽰して「 δ=90 度が安定度限界」と教えさらに「 δ=90 度までは安定状態」と教え ます。これは⼤いなる誤りです。 電⼒システムは本来 (P,Q,δ) の3次元曲⾯で表される特性で あり、それを 2 次元に投射した P-δ 曲線と Q-δ 曲線はコインの表裏のごとくいつもセットで 扱う必要があることを忘れて P-δ 曲線だけが独り歩きのミスを犯した結果⽣ずる重⼤な誤りな のです。 実は電⼒理論にかなり詳しいことを⾃認する技術者でも結構この間違いに気づかな いでいる例を私は多く知っています。皆さんはどうですか。

  発電機の「無効電⼒ Q と電圧 V の特性」は「有効電⼒ P と周波数 F の特性」に⽐べてはるか に複雑かつデリケートであることが理解されたのではないでしょうか。 電⼒システム全体の 理論および実践的技術問題としても「無効電⼒ Q と電圧 V の特性」は複雑かつデリケートなテ ーマとなるのです。

  以上の説明で話が⼀段落しました。 しかしながら今回の解説では「我が発電機が Grid に繋 がって運転されている」という条件のみで発電機端⼦の電気量のみに焦点を当てて理論展開を してきました。線路側の回路条件(線路や負荷のインピーダンスなど)を考慮していません。 そこで少し厳密に考えて、系統側の送電線や負荷のインピーダンスを考慮した「発電機+送電 Grid +負荷系」の全体をセットとしての運転特性がどのようになるか?を吟味する必要があり ます。 この考察は次回以降のお楽しみです。

32.4 -j(1/ωC) 力供給と受電用変電所のリアクトルに関する補完関係
  最後に少し脇道にそれますが⼀つ補⾜をしておきます。 「発電機の進み相電⼒の供給量 -Q が不⾜」ならばそれを「発電所にキャパシタバンクを設置して補い、電圧制御に寄与させる」 ことは理論的に可能です。ただそのようなキャパシタは⼀般に設置されません。また同様に 「受電⽤変電所のリアクトル設備(電流符号をシステムから流⼊側に定義して遅れ⼒率 +Qload 。流出⽅向に定義すれば -Qload )で補完的に肩代わりして発電端の電圧を 1.0 近傍に維持 することも理論的には可能です。 ところが、現実問題として、受電側のリアクトル設備は基 本的に架空送電線や電⼒ケーブル線路の浮遊キャパシタンス C を補償することで受電端の⼒率 を cosΘ≅1.0 の状態に近づけることを⽬的として設備されており、そのリアクトル設備容量 Qreactor は⼀般に受電⽤変圧器定格容量 Strans の30%未満に限られています。 受電⽤変電所に設 置されるリアクトル設備はそもそも重負荷時に発電機の進み相無効電⼒発⽣能⼒を肩代わり的 に補うことでまでは想定していないのです。 従って、発電機の安定度限界 P-δ 曲線と Q-δ 曲線で論ずるときにその安定限界を拡⼤する⼿段として受電端の無効電⼒設備をあてにするこ とはできません。

  さらに蛇⾜ですが、⼤⼝の負荷事業所では誘導性負荷(RjωL の並列負荷)の⼒率改善⽤ にキャパシタバンク (-j(1/ωC)) を設置することがしばしばあります。この調相設備はあくまで ⾃所内の負荷設備全体としての⼒率改善を意図して設備をされております。 から発電機の無 効電⼒の補完の役割にはなりませんね。

  次回以降では「発電機応動」から「Grid system としての応動」に視点を拡⼤していくことに なります。

(2022年8月14日 長谷良秀 記)
 
     
   
     
 
 
 
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