発電機の運動方程式および機械的慣性特性 (その2)
35.1 慣性定数 M の意味すること
前回示した発電機の運動方程式(34.5)および慣性定数
M0,単位慣性定数
M = M0/Prate の式
(34.3c)等を新しい式番で再録します。また、標準的な
kW 当たりの単位慣性定数の大きさを表
35.1 として再録します。

ところで、日本の系統では経験的に「負荷が1~2%変化すると周波数変動は0.1Hz(変動率
Δf/fO≅0.1/50)程度」と言われてきました。 つまり、
ΔP/Prate=0.01~0.02 の負荷変動で
Δf/fO≅0.1/50 程度の周波数変動ということです。 今
ΔP/Prate=0.01,
fO = 50Hz としてこれらを
式(35.3)に当てはめると

したがって、系統の単位慣性定数
M が10ならば、負荷1%の増加で周波数が0.1Hz 低下して
49.9Hzになるのに2 秒程度を要する。 また、系統の
M が 10→8→6→4 と小さくなれば
Δt は
2→1.6→1.2→0.8 秒と短くなって,負荷変動に対して周波数はより急速に変化することを意味し
ていますね。
なお、負荷1%の増加(or 発電機出力の1%低下)で周波数低下
0.1Hz とすれば災害時等で発電機群
が30%脱落すれば無対策では周波数は約3 サイクル低下してなお稼働中の発電機群にとっても運転継
続が過酷な状況に近づきます。 当然その前にUF=Ry 遮断による負荷遮断を行って周波数の低下を
食い止める必要があります。大災害時の多数の発電機脱落に備えて、ブラックアウトを防止するた
めの負荷遮断の周到な準備は欠かせません。
近年話題になる技術問題の一つに“太陽光発電(PV)等の分散電源の急増によって“系統の慣
性の低下傾向”の問題がしばしば話題になります。 太陽光発電PV はいわゆる慣性がなく
M = 0 ですから、PV が増えると全系の
M が低下して系統が弱くなることになります。 負荷側
についても,モータは本来発電機と同様に系統の慣性に寄与しますが、近年急増しているパワエ
レ変換器を介したモータ負荷は系統の慣性に寄与することができません。 近年の分散電源や
パワエレ負荷の急増による系統の脆弱化は系統の慣性定数
M と大きく関係しているわけです。
35.2 発電機の同期化力と定態安定度
発電機の運動方程式および慣性定数等について一通り学びましたので次には発電機の同期化力
について解説します。
複数台の発電機が連系されているシステムで、各発電機は相互に同期して同じ速度で回転しよ
うとする性質があり、それを“
同期化力”といいます。 通常の系統状態では全ての発電機は
同期速度で運転していますが或る限度を超えれば同期化力が作用しなくなり、各発電機は同じ
速度で回転することができなくなり、いわゆるスリップによる脱調状態になり系統は崩壊しま
す。このような状況を方程式で理解することとしましょう。
No.33d の図33.1 および式(33.5)をそれぞれ図35.1 および式(35.3)として再掲します

図35.1(a)の系統で任意の2 点sおよびrにおける皮相電力の関係式は次式のようになります。

図35.1(a)の地点 r はNo.33 では受電端として説明しましたが、今回は r 点を大容量の発電機群
が連なる系統側の或る地点と理解して、この大系統に我が発電機の端子 s が線路(インピーダ
ンスr + jx)を介して繋がっていると見なします。
x ≫ r の関係があるから簡単のためr を無視して書き直せば

当該発電機 G は系統側発電機群の回転位相角度に対して δ だけ遅れて出力
P で追従運転してい
ます。今何らかの理由で発電機 G の回転角速度 ω がわずかに低下して位相差角が
δ→δ+Δδ に
拡大したとします。この時 G は回転子の慣性エネルギーを放出して電気的出力は
P→P+ΔP に
増大することで生じた位相遅れ
Δδ を取り戻して追従しようとする。このような特質を発電機の
同期化力というわけです。外乱
Δδ に対して
ΔP がプラス符号で寄与している範囲では追従機能
が働いているということになります。 即ち、当該発電機が系統に対して追従運転して同期外
れを生じない限界条件は

式(35.6a,b,c)はxyz軸方向に

をプロットする 3次元曲面として描く
ことができます。そして No.32,No.33 で説明した δ をパラメータとして三次元座標

に
描かれる3 次元曲面
(P,Q,S) の
δ に関する傾斜感度を示すことを意味していますね。
さて、式(35.6b)にて同期化力は
cosδ に比例するので、これ正値
∂Ps/∂δ≥0 であるためには
90° > δ > -90° でなければなりません。 δ が 90° を超えれば同期化力が失われて各発電機はそ
れぞれ勝手な速度で回転することになるので電力システムは脱調状態になりの運転は不可能で
す。同期化力
∂Ps/∂δ が 0 になる限界を
定態安定度限界と称します。理論的な
定態安定度限界は
円筒型発電機では90° 、突極機ではそれより少し小さい値80° 前後の値と説明されます。
ところで
cosδ は
δ が 0° では 1.0、30° では 0.87 、40° では 0.77 で徐々に小さくなり、δ が 50° を
超えれば同期化力は急速に小さくなり失われて僅かばかりの擾乱でも同期化力が期待できず脱
調する不安定状態になりますね。 通常の運転では
δ はせいぜい通常 0° ~ 20° の範囲で運転され
ており、
δ の安定運転の限界はせいぜい 30° 未満といえるでよう。
No.34において
P-δ 曲線,
Q-δ 曲線の解説でも通常の運転では
δ はせいぜい 0° ~ 20° の範囲で
最大でも 30° 未満。それを超えれば電圧が維持できなくなって系統崩壊に至る」と説明しまし
た。式(36.5b)からも同じ結論が得られるのです。
式(35.6a,b,c)についてもう少し観察してみましょう。式(35.6b,c)より次式が導けます。

これは
∂Ps/∂δ と
∂Qs/∂δ を直角座標で図 35.2のような円弧特性として表現できます。
∂Ps/∂δ
および
∂Qs/∂δ は
δ の変化に対する
P と
Q の感度を示しておりますが、図の
x 軸方向の
∂Ps/∂δ
にだけ同期化力と命名されているわけです。式(35.7)を示す図35.2 から次の性質を読み取るこ
とができます。
35.3 多機系統の慣性定数
発電機の運動方程式や慣性定数,同期化力等に関する解説を終えましたので次には複数発電機
の集合体について考えます。 その手掛かりとしてまず2 機系統モデルについて考察することに
します。
図35.3(a)のように2台の発電機
G1,
G2 が線路インピーダンス
jx を介して運転する 2 機系統
について考察します。安定に運転中の両発電機の電圧はそれぞれ
E1∠δ,
E2∠0 で両者の位相角
差は δ です。 この時両発電機
G1,
G2 について次式が成り立っています。

安定に運転中のこの系統で何らかの理由で電気的な擾乱が発生したとします。その場合でも
タービンから発電機に伝えられる機械入力は擾乱直後の1~2 秒間は変化しないでしょうから次
式も成り立ちます。

導かれた式(35.9a)は発電機
G1 が慣性定数が
M0 で 1 機無限大母線につながる図35.3(b)の
ケースと等価ということにおなります。 換言すれば、「慣性定数が
M1,
M2 の 2 台の発電機
(正確には発電運転機と電動運転機)が並列状態の系統は慣性状態が等価の慣性時定数
M0 = M1 ・ M2 / (M1 + M2)
の発電機が無限大母線(大系統)につながった場合と同等に振舞う」とい
うことを示しています。

試算 1 は発電機
G1 が無限大母線に近い大系統につながるケースであり、
G1 は単位慣性定数
M ≅ 10 に近い慣性
M0 を発揮できる。試算2 は
G1 が同一定格の発電機
G2 に繋がる場合であり、
G1 の単位慣性定数
M0 は半減する。 換言すれば、「系統につながる個々の発電機の同期化力
(脱調のしにくさ)は系統繋がる系統側の状況で左右され、弱い系統では脱調しやすい」とい
うことになります。 当然の結論ですね。
35.4 定態安定度の機械モデル(野田モデル)
電力システムの安定性は通常は
定態安定度、過渡安定度、動態安定度の三つに分けて解説されます。
定態安定度:
定常安定状態のシステムで或る電気量の僅かな変動(擾乱)が生じた時に定常安
定状態を確保できる理論的限界をいう。
過渡安定度:
定常安定状態のシスエムに或る電気量の大きい変動(擾乱)が生じた時の過渡
現象においてなお安定を確保できる限界をいう。
動態安定度:
定常安定状態のシスエムに或る電気量の大きい変動(擾乱)が生じた場合に発
電機のAVR 制御及びガバナー制御をも織り込んで安定を確保できる限界をいう。
定態安定度と同様に過渡安定度や動態安定度も方程式や作図などで解説することが可能ですが
冗長な解説になってしまいます。そこで上記の3 っの安定度の概念をイメージ的に理解できる機
械モデルについて解説することにします。
図35.4(a)の電力システム説明できる電気特性を図(b)の機械モデルの機械特性として説明す
る方法です。後述するようにこの機械モデルの方程式は図(a)の電気に関する方程式と完全に一
致する優れものの等価モデルです。
野田権佑氏が電気学会論文で提唱されたので野田モデルといいます。

図35.4(b)でハンドル付きの回転軸に円盤 G(発電端三相電圧に相当:回転角度
ΘG) と M(受電
端三相電圧に相当:回転角度
ΘM)が配置されており、両者は 3 本のゴム線(三相送電線に相当)で
結ばれています。円盤 M にはホイストを介して錘 W(負荷の大小に対応)が配置されています。
錘 W の大きさに準じてゴム糸は少し伸びて釣り合うので円盤 M は円盤 G より位相角差
δ = ΘG - ΘM だけ遅れた位置にあります。
δ = 0~20° 程度で安定状態にあるとしましょう。
安定
な定常運転状態です。
定態安定度限界:
この状態でハンドルで円盤 G をゆっくり回転させると円盤 M も追従して同じ角度だけ回転し
ます。ゴム線の張力による復元力(同期化力)によって両円盤は同期が保たれています。 とこ
ろが錘W が大きくなってくると(負荷電力が大きくなると)ゴム線は徐々に伸びていき、両円盤の
捻じれ角度
δ は大きくなり、復元力(同期化力)は急に弱まります。 負荷W が大きくなって両円
盤の捩じれ角度
δ が40 度を超えると復元力が急速に弱まり、90度ではもはや復元力は失われて
円盤 M は追従できません(定態安定度限界)。 円盤 M が半周遅れの
δ=180° になれば中間点の3
本のゴム線は半径0 の中心軸上で互いに捩じれ状態になります。 中間地点の電圧はつぶれて0
になり、三相短絡と同じ状態になりますね。
過渡安定度限界:
δ = 0~20° 程度で
安定な定常運転状態 にあるとします。 この状態で手道ハンドルで円盤 G を急
速に回転させる(発電機の急速な加速)とします。ところが円盤 M には錘Wの慣性があるので W
が巻きあげられるのには時間遅れが伴ないます。 そのためにゴム糸が一旦伸びますが、やが
てその張力(同期化力)によって円盤 M は遅れを取り戻し、両円盤の位相角差は元の
δ に戻り
ます。この復元力にも限界があるはずです(過渡安定度限界)。 その限界は「ハンドルの回転
角度と角速度」「ゴムの強さ(線路インピ-ダンスの逆比 1/x )」「錘Wの大きさ」が大きくかかわ
ることは明らかです。
動態安定度限界:
上述の過渡安定度では「手道ハンドルで円盤 G を急速に回転させる」としました。この「発電
機の急速の加速」の典型的ケースとして、系統短絡事故が生じて線路電圧もおよび発電機の端
子電圧も瞬間に低下して発電機パワーが線路を介して送り出せない場合に不可避的に生ずる現
象でもあります。 機械モデルでは円盤 G の半径が発電機端子電圧値に相当しているので、系
統事故時にはいわば円盤 G がその半径を縮みながら加速していることになります。 この状態
では過渡現象は一層過酷となり、過渡安定度限界は縮まります。 そこで
「AVR 制御で電圧低下
を食い止め、またガバナー制御で加速を食い止める効果を織り込んだ安定度」を動態安定度と
いいます。
動態安定度限界は無制御の場合の過渡安定度限界より改善されることは勿論です。
長距離線路のSVG (STATCOM) による安定度改善:
SVG(
Static Var Generator : STATCOM)は設置地点における線路電圧を安定に保つための無効
電力供給装置です。昭和時代に広く使われていた同期調相機が今ではパワエレ静止型のSVG に殆
ど置き換えられました。 このSVG の役割も野田モデルで説明ができます。
線路が長距離になるほど大きい電力を送ることが困難になります。これを野田モデルで説明
します。線路長は G と M 両円盤を隔てる距離ですから長距離線路は長いゴム線で結ばれた円盤
モデルになります。 両円盤が遠く離れたモデル(長距離線路)では円盤 G を半周回転させても
錘 W を抱える円盤 M は殆ど追従できず、この状態では両円盤の中間点では三本のゴム線は中心
軸あたりに集中して捩じれ状態になってしまいます。 つまり線路の中間地点では電圧が潰れ
てしまうのです。 もちろん両円盤の追従性は既に失われて脱調状態です。
さて、長距離送電線の安定性は弱いのです。ここでQuiz です。この弱さを改善するにはどの
ような方法があるのでしょう? 長距離線路で大電力を送るにはどんな方法があるかを野田モ
デルで考えてみましょう。
第 1 の方策:
円盤の半径(線路の電圧階級)を大きくすることです。
第 2 の方策:
円盤 G と M を結ぶ 3 本のゴム線をそれぞれ 2 条、3 条と束ねて太くする(回線数を増やして
x を小さくする)ことです。
第 3 の方策:
互いに 120 度の位置で両円盤を結ぶ3 本のゴム線が途中で捩じれてしまう(電圧がつぶれ
てしまう)のを防ぐ方法は? それは両円盤の中間地点で3 本のゴム線を支える Y 型のスペー
サ(支え棒)を入れてゴム線の捻じれ現象を防ぐことです。 図35.3(b)の中間点 K の位置に配
置する支え棒。それが中間点に設置される SVG です。中間点にて無効電力
Q を創り出して線路
に供給することでその地点の電圧を維持させるのです。
野田モデルは電力システムのいろいろの特性を直視的に理解する上で非常に有効ですね。
35.5 機械モデル(野田モデル)の機械特性と電気特性の等価性
説明が前後しましたがこの機械モデルで成立する式を吟味して電気モデルとの等価性を確認し
ます。図35.4(c)(d)を参照して以下の式が成り立ちます。

式(35.12)は図35.1 の系統モデルで求めた回路式(35.4b’)(35.4c’) と完全に一致してお
り、完璧な完全な等価性があるといえますね。ちなみに、図35.4(d)で二つの円盤上に描いた力
学的ベクトル図を重ねて透視すると図(c)の電気的ベクトル図に完全に一致しています。
今回はこれまでとします。
(2022年11月15日 長谷良秀 記)