電力技術理論徒然草 No.36 (長谷良秀) 
     
電力システムの応動特性とAVR(その1)

  発電機および発電機と負荷の合体たる系統(電力システム)の様々な特性について学ん できました。今回からはその制御に関する理論ついて解説していきます。 端的に言えば、 発電機の P を制御する機械入力制御と V or Q を制御するAVR(Automatic Voltage Regulator)制御です。それにはまず発電機および電力システムの応動特性を制御理論の 立場から確認していくことにします。

36.1 ラプラス変換(Laplace-transform)および伝達関数(Transfer-function)のおさらい
ラプラス変換は数学的には変数 ts の変数変換です。 工学的には第1 に時間 t (ただし t ≥ 0 )を変数とする任意の現象についてt領域から s 領域への座標変換手法であり、第 2 に は過渡現象解析で s = d/dt として微分方程式を代数的に解析する理論的基礎でもあり、第 3 には自動制御理論の伝達関数理論の基礎ともなる重要な変数変換手法です。



ラプラス変換式 F(s) では f(t)est で割った f(t)/est を積分し、逆変換式 f(t) では F(s)est を掛けた F(s)・est を積分しています。したがって、 f(t) が過渡現象(時間的経緯) を示すとしてその初期状態 t→0s→+∞ に対応し、過渡現象の収束状態 t→+∞s→0に対応することが定義式から理解できますね。

過渡現象解析や自動制御理論の入出力波形として に最も頻繁に登場するステップ関数と エクスポネンシャル関数を例1,2,3)として示します。





図36.1 のように、ある装置(ある系)において「fin(t)=1(t) の入力信号(ステップ入力)が 加えられたときに、式(36.2e)の出力、すなわち時定数 T の遅れを伴う指数関数波形で大 きさが A に収束するような出力信号 となる系」について考えます。

これを s 領域で表現すれば式(36.2e)のようになります。上述のような t 領域の系は「 s 領 域で表現すれば、入力信号 Fin(s)=1/s が伝達関数 F(s) = A/(1+Ts) の系に与えられたとき に出力信号が になる系」ことをしています。 この系は「伝達関数 F(s) = A/(1+Ts) :ゲイン A で時定数 T の1次遅れ時定数の系」と称します。



式(36.2e’) のように一般的に言い換えれば「入力信号 Fin(s)=1/s が伝達関数 F(s) = A/(1+Ts) の系に与えられたときにその出力は Fout(s)=G(s)・Fin(s) になる」と言い 換えることができますね。一般論として自動制御理論では、伝達関数が G(s) の系に入力 信号 Fin(s) が加わるとその出力は Fout(s)=G(s)・Fin(s) となると表現します。 「 s 領 域では、入力信号 Fin(s) に系の伝達関数 G(s) をかけ合わせればその系の出力信号 Fout(s) が得られる」という誠にありがたい関係です。 自動制御系の理論展開の基本となる重要 な基礎理論ですね。 この理論ではラプラス変換の形式的な s = d/dtを変数とする個々の 要素特性を接続関係に見合う代数的な関係でつなげていくことで全系の応動特性を表現す ることができるわけです。

過渡現象解析や自動制御理論で頻繁に登場する関数のラプラス変換表を表36.1 に示しておきます。



36.2 発電機の応動特性(伝達関数)
発電機の励磁電圧 Efd を加減して発電機の端子電圧 eG 、あるいは無効電力 Q を目標値に制 御する役割を担うのがAVR ですがそのAVR の解説に先立って、発電機はその励磁電圧 Efd が変化すると端子電圧 eG(t) がどのように変化するかという発電機自身の応動特性を理解 する必要があります。 そのためには発電機を伝達関数系として理解することから始めね ばなりません。

No.31では pu 化した座標 (p,q) で表現される発電機の能力曲線について解説しました。図 31.2 を新たに図36.2 として再録しておきます。 図 36.2の pq 座標において、運転点 S(p,q) (点 S(P/e2G,Q/e2G) とも書ける)と⑤の点 (0,-1/Xd を結ぶ直線の長さが となって励磁の強さ Efd/eGXd を示すことになるのでした。また、pu 化前の実用単位座標 S(P,Q) で表現すれ ば( p=P/e2G,q=Q/e2G) の関係にあるので)上式に代わって P,Q の式に書き換えること もできます。



発電機の出力 [MW] (=機械入力) P ,無効電力 Q ,端子電圧 eG 、励磁電圧 Efd の 4 っの電 気量は定常状態・過渡状態を問わず発電機のいかなる運転状態でも式(36.3a,b)の関係が 保全されています。

そこで発電機の任意の運転状態 S(P,Q,eG,Efd) が変化する場合について上式(36.3b)の変 数の増減関係を吟味してみましょう。



したがって、「発電機 P[MW] の増減または Q[MVar] の増減に対応して励磁電圧 Efd を増 減制御することで端子電圧を一定値に維持することができる」ということになりますね。 また「発電機 P[MW] の増減または Q[MVar] の増減時に励磁電圧 Efd 一定のままでは端子 電圧が変化する」ということにもなります。

  それでは励磁電圧 Efd(t) が増減変化すると発電機端子電圧 eG がどのように変化するかを 検討しましょう。

まずは発電機を伝達関数として表現することから始めます。

No.23~No.24 で発電機の pu 化された Park 式を導きました。 もちろん時間 t 領域での式 です。この式をラプラス変換した s 領域の式として示します。それには微分の d/dt を形式 的に s に置き換えればよいわけです。



なお私たちは励磁電圧の制御によって生ずる応動を検討しているので上式で励磁電圧は時 間 s の関数 Efd(s) としていることに留意してください。 さて、上式で鎖交磁束変数 ψdq を消去して電圧と電流のみの式を得ます。





式(36.5)②の右辺第 id(s)1 項は励磁電圧 ef(s) による変化が eq(s) に時定数 T'd0 で 1 次遅 れ的に影響することを示しています。第 2 項は電機子電流 id(s)eq(s) の関係を示す項で す。この項は初期の t→0+ (s→+∞) では x'did ですが、t→+∞ (s→+0) 時点で xdid に収束することに留意してください。

発電機端子電圧 ed(s), eq(s) が電流 id(s), iq(s) と励磁電圧 ef(s) の伝達関数式として求めら れました。

36.3 発電機と負荷の組み合わせられた全体系の応動特性(伝達関数)
  ところで、発電機端子電圧 ed(s), eq(s) と端子電流 id(s), iq(s) には“発電機につながる 外部回路”すなわち“(送電線路を含めた)負荷回路”の特性としての関係式が成立してい ます。 発電機の外部回路(負荷系)の関係式が得られます。

以下では発電機に負荷が繋がった系統全体の系として図36.3 の回路モデルについて検討 します。図で負荷 impedance Z = R + jX としており、変圧器や送電線の impedance はす でに負荷impedance Z = R + jX に含まれているとします。



式(36.6c)③④の id(s), iq(s) を式(36.5)➀②に代入消去すると発電機の端子電圧 ed(s), eq(s) に関する2 元連立方程式を得ます。それを解くと次式を導くことができます。途中 経過は(備考1)に示しておきます。



発電機に負荷が繋がった全系モデルにおいて、発電機端子電圧 eG(s) はその励磁電圧 ef(s) の変化に対して伝達関数 GG(s) = A/(1+Ts) で表される時定数 T の 1 次遅れ応動をすること が示されました。 ただし式④において xd > x'd ですから T < T'd0 となり、全系の時定数 T は負荷 RX の影響を受けて発電機固有の T < T'd0 より短くになりますね。 なお上式で r « R なので発電機コイルの抵抗 r 無視して r = 0 としてもよいでしょう。





このケースの典型的な例としては発電機に送電線の漏れキャパシタンス C のみが繋がる “線路充電”の状態です。発電機および変圧器の L と送電線の C が直列接続になるので発 電機電圧が異常上昇する危険な状態(Ferranti 現象)になります。 自動制御理論的に表現 すれば、式(36.9e)で (-Xc + Xd) → 0 になれば A → ∞ でゲインが著しく大きくなって系 は不安定になります。



さて、発電機と負荷の組み合わせられた全体系の応動特性(伝達関数)が1次遅れの伝達 関数として表現できることを解説してきました。 今回はここまでの解説に留めます。次 回にはいよいよこの系統をAVR 制御する時の状況を解説することになります。次回の予告 としてそのブロック図36.4 を示しておきます。





(2023年1月4日 長谷良秀 記)
 
     
   
     
 
 
 
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