電力技術理論徒然草 No.37 (長谷良秀) 
     
電力システムの応動特性とAVR(その2)

37.1 発電機&負荷回路の応動式及び電力システム全系の伝達関数ブロック図
前回No.36ではLaplace変換のおさらいと合わせて発電機&負荷の応動式および両者の合 体した電力システムとしての応動式について解説しました。 その要点となる式 (36.5)(36.6c)(36.7)と図36.3&図36.4を新しい式番,図番で再録します。 前回詳しく解説したように、図37.1の回路モデルにおいて次式が成り立ちます。





  さて、発電機の励磁電圧fdEを増減して端子電圧を制御する装置が AVR (Automatic Voltage Regulator)です。 図37.2は発電機・励磁装置・AVR からなる発電機系全体を 表現する伝達関数ブロック図です。図で網掛けの範囲がAVRの機能です。Gavr(S), GG(S), Gf(S) はそれぞれAVR,励磁装置(パワエレ整流器or励磁機),発電機の伝達関数で、それぞ れ1次遅れの Gavr, Gf, GG としてカスケードに繋がっている。 AVR の前向き (forward) 伝達関数は1次遅れとして良いのです。

  図37.2で発電機・励磁装置・AVR はそれぞれ一次遅れ特性と見なしていますが、これら の各時定数の大小関係は一般に T»Tf, Tavr であるといえるでしょう。AVR はその時定数 Tavr が短いほど応動性が良いことになります。

eavr(S) は AVR の出力信号電圧、ef(S) は励磁電圧、eG(S) は発電機の端子電圧です。 発電 機端子電圧 eG(S) は負帰還されて発電機の端子電圧目標設定値 Vset と比較され、その差電 圧信号 ΔV(S)=Vset-eG(S) が AVR への入力信号となります。 AVR にはそのほかに乱調防 止のための補足的な負帰還回路 Gk(S) (1次遅れを伴う微分回路です)が AVR には加わり ます。これは発電機端子電圧 eG の急激な変化の直後 AVR が過敏に反応しすぎて端子電圧 がオーバーシュート(overshoot:乱調)になるのを抑制する機能ですから、発電機端子電 圧が比較的ゆっくり変化する応動に対しては無視することができます。

  この図から明らかなように、➀発電機自身の特性、②励磁機の特性、③負荷の特性と④ AVRの負帰還制御機能の四つが組み合わさって電力システム全体の応動が決まっていくこ とになります。 これが今回の解説テーマです。なお、発電機が複数台繋がる系統ではこ のような発電機系ブロック図の単位が送電線回路定数を介して複数組繋がって全体系を成 すことになります。

37.2 AVRの責務および求められる性能
  図37.2において、発電機が目標通りの電圧 e で運転中です。 何らかの理由で端子電圧 が e→e-Δe に低下したとします。 AVR は直ちに微小変化 -Δe を検出して励磁電圧を Efd→Efd+ΔEfd に増加して発電機端子電圧を即座に回復させます。 これが AVR の基本 機能です。その理論解説に先立って、AVR の責務と必要な性能について定性的な解説を加 えておきます。

AVR の責務:

  • 発電機の端子電圧 eG が一定値 or 許容範囲内に維持されるように維持すること。 また発電機がその能力曲線の許容安定限界内での運転を保持すること(不安定領 域への突入阻止)。
  • 発電機の端子電圧 eG を許容範囲内に維持しつつ発電機の無効電力 Q の制御を行う こと(AQR制御機能)。
  • 電力システムの大擾乱時にその安定運転を維持すること(Stability維持。同期 外れの防止)。過渡安定度&動態安定度の維持拡大。特に GD2 や短絡比 (SCR) の比較的小さい系統における安定運転の維持。
  • 複数台の発電機による不要な電圧スイングや無効電力スイング(乱調)の防止。特に複数台並列運転の場合の横流 (Cross-current) の抑制
  • 主として Q&V の性能断面において発電機の運転能力を最大限に活用すること。

  • AVRに求められる性能:

  • 高感度 (制御追従性:High-sensitivity) と広い制御幅 (Wide control area)。
  • 応動性が速いこと(短い時定数 High-speed response)。
  • 小さいオフセット(不感帯 Small dead-band )。

  •   AVRについて,仮に“発電機の電圧を一定に保つための発電機の機補機能装置”という程 度の認識にあるとすれば、それは著しい過小評価ということになります。“個々の発電機 のAVR制御こそが電力システムの全地点の電圧を許容範囲内に保持しつつ全体系としての 安定性を維持する主役である”という認識に立つべきでしょう。

    37.3 励磁機(励磁装置)について
    発電機の励磁回路に直流電流 ifd を流し込むための励磁機 (Efd電圧発生器) については次 の3っに分類できるでしょう。

      ➀直流励磁機方式(自励式,他励式)

      ②交流励磁機方式(自励複巻式,ブラシレス式)

      ③整流電源式(ソリドステート式,整流式)

    パワエレが未発達であった時代には➀②が主流でしたが、近年ではほぼ全て③のパワエレ 励磁装置に置き換えられているといっていいでしょう。 励磁機のハード構成としては➀ ②はいわば電磁機械であり③パワエレ変換装置とは構造的に大差ですが、その伝達関数 Gf(s) という視点では➀②③のいずれも1次遅れ特性と見なしてよいでしょう。ただし③ のパワエレ励磁機の方が高感度で高い即応制御性を実現できることは明らかで、例えばそ の時定数 Tf は0.1秒以下で、発電機の時定数 T'd0 (4~8秒)より十分小さいでしょう。

    37.4 AVR負帰還制御回路の伝達関数
      さて、いよいよ図37.2の制御系に関する解説を始めます。 AVR の Gavr(S), 励磁機の Gf(S), 発電機の GG(S) がカスケードに繋がる回路の出力として得られる発電機端子電圧 eG(S) (実際には PVT で得られる信号電圧)が負帰還されて AVR の設定値(発電機電圧の制 御目標値: Vset) と比較され、その差分 Δe≡Vset-eG(S)がAVRの入力となります。典型的な 負帰還自動制御回路です。なお乱調防止回路 Gk(S) については後で解説するとしてここでは無視しておきましょう。

    さて、このブロック図37.2の結線順序通りに式を組み立てていくと次式が成立します。



    上式で s→+0(t→+∞ に相当)とすれば eG(S)→Vset となって発電機電圧 eG(S) は AVR 設 定値 Vset の通りに制御されますね。 なお上式で励磁機 Gf(S) と AVRGavr(S) の時定数は系 統の時定数は系統の時定数に比して非常に小さく T»Tf, Tavr であることから近似的に無 視しています。 また乱調回路 Gk(S) のゲイン k も十分に小さいので k≅0 として無視し てもよいでしょう。

    したがって式(37.5)➀はさらに次式のように書き換えることができます。



      発電機の端子電圧は全系のゲイン Atotal, 時定数 Ttotal の1次遅れ的な応動で AVR の制御目 標値 Vset (設定値)通りに制御できることを式(37.6a)は示しています。

    さて、AVR が無い(不使用)状態では全系の応動はゲイン A と,時定数 T の1次遅れ特性でし たが、AVR の使用状態ではゲイン Atotal と時定数 Ttotal に置き換わったことになりますね。

    ところで A, µf は固有値であり変更できませんが AVR のゲイン µa は AVR の設計整定値です から大きく設定することができます。 そこで µa 大に設定すれば TtotalT よりも非常 に小さくすることができ、またその場合でもゲイン AtotalA とほとんど変わらないこと が式(37.6b,c)から理解できますね。全系の時定数が大きくても AVR の使用によって非常 に追従性の良い電圧制御が可能になるのです。通常運転時の電圧変動に対する応動はもち ろんのこと、大きい系統擾乱時(系統短絡事故時,開閉操作による負荷急変時,系統動揺時 など)にも非常に効果的な役割を果たすのです。

    電力システムの揺籃期(1930年代以前)にはAVRは存在せず、発電所では運転員が電圧 計を見ながら励磁制御を行いました。 現代の大規模システムでは AVR なしでの運転は不 可能と断言できます。 様々なモードで時々刻々変化する電力システムは AVR なしでは電 圧 1±0.1 を維持できないだけでなく、発電機の pq 能力曲線の禁止領域への逸脱が避けら れず、 同一発電所の2台の発電機間の電圧ハンチング現象も避けられないでしょう。 そして全系の多数の発電機群としては同期運転が維持できず、系統崩壊を避けることはで きません。 このことは式(37.6a,b,c)からも理解できます。 AVR不使用では式 (37.6a,b,c)で µa→0 となるので Atotal→0, Ttotal→T, したがって となり電圧は無制御状態で遅かれ早かれ電圧崩壊は避けられません。

    37.5 AVR制御機能付き発電機と負荷からなるシステムの s 領域応動方程式の導入
      電力システムは発電機(琿群)と負荷(群)からなる固有の特性(時々刻々変化します)と AVR の制御性能によってその応動が決まることがわかりましたので、次には図37.3発電機 が AVR 使用モードで RijXi の並列負荷 Z(Rl//jXl に接続されている場合(ただし送電線 インピーダンスは既に含まれているとします)について pq 能力曲腺の判定領域、あるいは 不安定領域に関する考察をします。



      また、図37.2より s 関数として次式も成立しています(ただし簡単のため単調防止回路は無視して k=0 としています)。



    この式(37.12)を式(37.10)③に代入して Δed を消去すると次式(37.13a)を得ます。また 式(37.12)を式(37.9)③に代入して Δed を消去すると次式(37.13b)を得ます。



    さらに、式(37.11)②の Δef を式(37.10)②に代入して消去すると



    式(37.13a)の ΔeG と式(37.13b)の Δid とを上式(37.14)に代入する各項に含まれていた Δeq が全て見事に消滅して結果として次式を得ます。



      ところで、図37.3のモデルにおいて、発電機の皮相電力 P+jQ と負荷インピーダンス Rl//jXl の間には次式が成立しています。



      この式はAVRで制御された発電機と負荷が合体された図37.3(a)の系統モデルに関する s の関数式ですが、なんとその係数は発電機の固有定数 xd, xq, x'd とその運転状況を示す p,q のみから成る美しい形をしていますね。 美しい式に辿り着きました。 ただ式中 の Gavr(S), Gf(S) もそれぞれ 1/(1+Ts の形をした1次遅れ関数ですから式(37.17)はこの ままではかなり複雑な s の高次関数式です。 しかし実際には発電機の過渡回路時定数 T'd0 は3~8秒程度であり、電子回路主体に構成される Tavr, Tf は0.1秒程度でしょうから T'd0»Tavr≅Tf≅0 として式(37.5)③➃と同様に Gf(S)≅µf, Gavr(S)≅µa と見做すことができます。

    この近似化によって式(37.17)は次式のように書き換えて表現することができました。最も簡単な s に関する1次の関数式(s の根が一つだけ)ですね。



    37.6 AVR制御機能付き発電機の安定領域/不安定領域の (p,q) 座標での決定
      さて、私たちの目的は式(37.18)から発電機運転の安定領域と不安定領域を (p,q) 座標上で明示することです。

    自動制御理論に登場する Nyquist の判定定理によれば、「s の1次関数の系が安定であるための条件は s の根 s=-A/(BT'd0) が負であること」ということでした。 したがって式 (37.18)の系が安定であるための条件は A・B≦0 であり、限界曲線は A=0, B=0 であることになりますね。



    そこで次には AVR 不使用の場合と AVR 使用の場合について式(37.19)の安定限界が (p,q) 座標上でどのようになるかを調べます。

    37.6.1 AVR不使用時の安定限界
    図37.3(b)の場合です。 AVR 不使用とは式式(37.18)で µa=0, µ=µa・µf=0 とした場 合に相当するので安定限界条件 A=0, B=0 は次式となります。



    上式を (p,q) 座標としてに描けば図37.3(b)に示されている上下二つの円になります。

    そしてこの二つの円の外側が制御理論の安定条件 A・B≦0 を満たす安定領域です。結局、 現実的な発電機の安定領域は次式ということになりますね。



    37.6.2 AVR使用時の安定限界
    AVR 使用の場合ですから図37.3(c)のケースです。式(37.18)で µa≠0, したがって µ≠µa・µf≠00afμμμ≠⋅≠のケースです。

    この場合 B=0 の式は(37.20)②と同じであり図 (c) の下の円は図 (b) の場合と同じです。

    しかしながら A=0 の条件式は式(37.18)②より次式となります。



    この式は (p,q) 座標で描けばもはや真円ではなく、図 (c) に示すように µ をパラメータとし て歪んだ閉曲線となります。

    そここの閉曲線が q 軸と交わる点を調べます。 p=0 とすれば非常に簡単な次式をえます。



    式(37.21)(37.23)を比較すると、安定限界点は AVR 不使用状態で -1/xd ですが、AVR 使用状態では -(1+µ)/xd となり、安定限界が下方に -µ/xd だけ拡大することが理解できま す。 AVR のゲイン µa を大きくすることで µ が大きくなり理論的には上の円が潰れる点 (0,-1/xq) まで安定領域を広げることが可能ですね。



      水力機は AVR の使用によって安定領域がかなり拡大できます。火力機は AVR 不使用時の q が負の安定領域は狭く、また AVR 使用によっても安定領域の拡大はできません。



      最後に、(p,q) 座標上の q がマイナスの領域 (低励磁励磁領域) では安定度限界で系統 の同期運転ができなくなること(No.30,No.31など)、 またそのような状態では発電機の 固定子鉄心端部の異常過熱で損傷を免れないこと(No.31.3節)。そしてそのような低励磁 運転を絶対に避けるためにAVRには UEL(Under-excitation limit) 領域を設定する機能が 負荷されていること(No,31..2節)などを連載No.30~33などで詳しく解説しました。 こ れら能力曲線の運転限界については AVR の機能が密接に関係していることが理解いただけ たと思います。 発電機が低励磁領域に絶対近づかないように AVR の UEL 機能が非常に大 切ということが理解できますね。

    なお、AVR の UEL 機能とは別に、発電機励磁系のトラブル(例えば励磁回路断線 or 励磁 装置停止)で界磁喪失が万一発生したら発電機は即座に解列する必要があります。このた めの界磁喪失リレー(60-Relay) については次回以降で距離リレーの解説として説明いた します。

      今回はここまで。

    (2023年2月16日 長谷良秀 記)
     
         
       
         
     
     
     
    © 2022 Eltechs & Consulting Co., Ltd. All rights reserved