⽅向距離継電器の理論 その1
39.1 はじめに
電⼒システムグリッド内のどこかで短絡・地絡等の故障が⽣ずる時、その事故区間を
直ちに遮断除去しない限り各発電機は急激に加速脱調して解列に追い込まれ系統崩壊し
ます。 発電機の加速脱調を防ぐための時間的猶予は発電機がフル出⼒運転の状況であ
れば数サイクルプラスアルファと云ったところでしょう。 保護リレーと遮断器による
⾼速事故遮断の重要性については今までいろいろの⾓度からの解説で⼗分理解いただけ
たのではないかと思います。
発電機制御の話、あるいは電⼒システムの安定運転等の解説をいろいろしてきました
が⼀段落したので今度は保護リレーの話を少し続けようと思います。
保護リレー⽅式には主保護・後備保護等の機能を持つ事故区間除去⽤のリレーやUVリ
レーOFリレー等圧運転状態を改善する⽬的であったり装置故障の未然防⽌⽬的であった
り様々です。そのなかで故障の⾼速除去やその他いろいろの⽬的で広く活⽤されるのが
⽅向距離リレーです。 差動保護リレーと並ぶ主役のリレーですが、その原理は結構難
解で、また整定法等も難しいとされます。 そこで今回から何回かに分けて⽅向距離リ
レーについて徹底解説をしてみようとおもいます。 今回はその第1回⽬とします。
⽅向距離リレーと云えば誰もが初めに遭遇するのはいわゆる
RX 座標です。図39.1はリレ
ーの本に必ず登場する
RX 座標と代表的な⽅向距離リレー(以下
DZ リレーと総称します)
の特性です。 「距離リレーはとにかく難しい」として敬遠されがちです。第1の理由は
故障計算にある程度習熟していて、また短絡・地絡時の電圧・電流の振る舞いに関する
知⾒が不⼗分だとその特性などがなかなか理解できないこと。したがって整定等の使い
⽅も正しく理解できない等々の理由でしょう。 難しいとされてしまうもう⼀つの理由
があります。 それは、通り⼀遍の説明に留まる類書は多くても基本に遡ってじっくり
丁寧に解説する適当な書物、教材がないからということではないでしょうか。 かく申
す私も初めて距離リレーに遭遇してからその理屈を理解するのに⼤変苦労をしました。
しかしわかってしまえばそれほど難しい理屈があるわけではありません。 皆さん
にそう思っていただけるように書き進めたいと思います。
39.2 RX座標とは(その1):電圧・電流ベクトルの変形座標
RX 座標は電圧・電流ベクトル表⽰の変形座標と理解することができます。
図39.2を⾒てください。どこにでもくるベクトル図です。この図では電圧
V も電流
I もベ
クトルですから複素数の直⾓空間(横軸:実数,縦軸:虚数。ガウス座標といいます)に書
かれています。 この座標に例えば次式が描かれているとします。

上式の左辺右辺のどの項も単位は Volt ですからこの式を直⾓座標に書くとその座標は電圧
複素数を縦軸横軸に規定した
(VR,jVx) 座標と云えるでしょう。
次に式(39.1)の各辺を

で割り算した次式(39.2)を考えます。

式(39.2)は(39.1)とは全く等価ですが各辺の単位は Ohm です。 いたがって座標にベク
トル関係を書くとすれば
(R,jX) 直⾓座標に書くことになります。 どちらの座標を使っ
て表現しても図39.1のベクトル関係は損なわれません。

さて「
R,X 座標とは…」という⼩難しい解説を予想していた皆さん、難しい定義など不
要です。上記のような説明はもう誰もが知っているあたりまえのことではないですか。
そうです。 私たちが普段⾒慣れたベクトル図はいわば
複素電圧
直⾓座標で
すが、それをちょっとだけ書き代えた
複素インピーダンス
直⾓座標
それがリレー屋さんが多⽤する
R,X 座標です。
39.3 R,X 座標と pq 座標の相互関係
次に、
R,X と
発電機や系統理論に登場するPQ 座標あるいは
pq 座標との関係を解説しましょう。
任意の回路のある点の

として、そこに負荷回路

が繋がっている
とすれば

の関係がある。
したがって,これら電圧・電流・インピーダンスと⽪相電⼒

には次式のようになります。

なお普段の運転状況では
v=1±0.1 なので
(P,Q) と
(p,q) の関係はほぼ同義です。
上式より
R-jX は
P+jQ あるいは
p+jq と逆数関係です。したがって座標
(P,Q) あ
るいは
(p,q) と座標
(R,X) とは1対1の逆数写像関係にあるのです。 発電機能⼒曲線な
どを
(p,q) 座標で論ずる場合には3相平衡現象を対象とすればよいが,保護リレーの応動
を
(R,X) 座標上で論ずる場合には不平衡現象を論じなければならないことが多い。そう
いう使い⽅の差はありますがですが
(R,X) 座標と
(p,q) 座標は1対1の逆数座標にある写
像関係なのです。次回以降で具体的な話としてシッカリ学びましょう。
霧が良いので今回の解説はこれまでとして、以下では少し脱線して私⾃⾝の体験した
昔話でお付き合いください。
私ははるか昔に電気メーカーに⼊社してキャリアー保護リレーの技術部⾨の現場で社
会⼈第⼀歩を踏み出しました。 そのころの体験です。技術の話は万事
R,X 座標上の話
として進んでいくのですが、「
R,X 座標what」がよくわかっていない私はどうにもつい
ていけません。先輩諸⽒は
R,X what など教えてくれないままで
R,X 座標での技術論を
講釈するのです。i 「
R,X って結局こういうことなんだああ」と今回解説したような
意味を⾃分で悟るのに随分時間を要した記憶があります。 そのー⽅でリレーのベテラ
ン諸⽒が
R,X 座標で多弁にして

座標や
pq 座標で寡黙になってしまう状況にもしばし
ば遭遇しました。 また別の体験として、多くの⽅がご存じのように‶発電機の界磁喪
失“検出には距離リレーが使われますし、その整定も
R,X 座標で⾏います。 先輩諸⽒は
「界磁喪失になると軌跡がここにくるから・・」と
R,X 座標上で教えてくれるのです
が・・・
R,X 座標だけで界磁喪失現象を納得のいく理屈として説明ができるはずもあり
ません。 どうにも腑に落ちない。そこでわからないところを発電機系の専⾨家に聞い
てみるとこれも満⾜な説明は得られない。発電機系の技術屋さんの仕事には
R,X 座標な
ど不要かつ無縁だからです。 結局誰も教えてくれない。 或る時ハッと閃いて⾃分な
りの結論に達して⻑い間の半可通状態から開放されたときはうれしいですが、「わかっ
てしまえば簡単な話」であることにあらためて驚きます。 皆さんにもこういう経験が
いろいろあるのではないですか? やはり根っことなる基礎の部分をシッカリ抑え込む
ことが⼤切ですね。これは昔も今も、そして将来も変わりはないでしょう。
私の徒然草は今のところ⼀⽅通⾏ですが、皆さんからこういう体験がいろいろ聞かせ
ていただけるような場になっていけばよいなあと思っています。
(2023年5月11日 長谷良秀 記)