方向距離継電器の理論 その2
40.1 はじめに
前回,方向距離リレーの理論の第1回めとしてその特性表示に使われる
R-X 座補油とは次
式の

ベクトルを直角座標
(R,jX) 上に描いたものに他ならないことを説明しました。
次に式(39.1)の各辺を

で割り算した次式(39.2)を考えます。

私たちが普段見慣れたベクトル図はいわば複素電圧

直角座標ですが、それを
ちょっとだけ書き代えた複素インピーダンス

直角座標 それがリレー屋さんが多用する,RX座標です。
40.2 方向距離リレー (DZ-Ry) の原理
次に方向距離リレーの原理について簡単に解説します。
方向距離リレー(Directional Distance-Relay: 以下 DZ-Ry と記す)は方向判別性能と測
距性能,また故障相判別能力があるといわれます。リレーが設置された当該フィーダの電圧・電
流(PT,CTの2次側電圧 v(t)・電流 i(t))を入力電気量として取り込んで,アナログ
的またはデジタル的にベクトル合成したインピーダンス

値が,或るしきい
(閾)値を超えるかどうかで事故の有無,事故地点の方向と事故点が整定距離以内である
かどうかを判断する。換言すれば,リレーは設置点からの回路インピーダンス
v(t)/i(t)
を測ることになるので,その動作範囲を示す特性などは

のベクトル値の形で
R−X 座標上に表現されます。
DZ-Ry は
R−X 座標で表される動作特性にいろいろのバリエーションがあり,使用場所,
用途・動作特性などに応じてインピーダンスリレー,リアクタンスリレー,モーリレーな
どの別名で使い分けられることも多いですね 。図40.1に方向距離リレーのバリエーシ
ョンとしていくつかの特性を示します。なおデジタルリレーでは
RX 座標で円以外
の特性、例えば楕円や直線の特性も実現できるので様々な特性のリレーが市販されています。

DZ-Ryは各設置点に通常次のような 1回線当たり 6個 1組が用意されます。

なお、保護リレーの使命は数 ms~ 数十 ms の短時間での事故検出判定機能を論ずるこ
とになるので本章で登場する変数は原則として時間関数の瞬時値です。したがって変数は
v(t), i(t) などと記すべきですが煩雑なため以下の解説では
(t) を省略します。
保護リレーは系統の突発的短絡事故時の過渡電圧・電流を入力として動作と不動作の判
定を文字通り瞬時に下す必要があります。 瞬時とは2サイクル以内としてわずか30ms程
度ですね。これはもう“時々刻々判断し、事故のような変化があればそれを瞬時に見つけ
る”ということですから判定原理は極めてシンプルでなければなりません。 演算機で時
間をかけて答えを導く手法は参考にならないのです。
DZ-Ryには座標上で様々なバリエーションがあるが、その代表的な特性としてモーリレ
ー(Mho-Ry)について原理を図40.2(a)(b)(c)で説明します。
図40.2(a)はDZ-Ryの基本構成を示しており、入力電圧・電流の瞬時値
V(t),I(t)
を電子回路によって加工合成して次式の電圧信号量
v1(t)V(t)β, v2(t) を作ります。
図(b)の点線で囲まれたんだ部分がリレーの動作判定特性を作る判定部です。この機能の中では次式のような信号電圧が作られます。
v1(t) は送電線の実際の瞬時値電流
I(t) を波形として取り入れてその位相を ∠α 度だけ移
相して作った“
∠α・I(t)を意味する信号電圧”である。次に
v1(t) から
V(t) を引き算して
v2(t) が作られる。そして作られた
v2(t) と
V(t) 信号電圧は位相比較部の比較入力として
導かれる。 位相比較部では
v2(t) と
V(t) の信号電圧波形の位相差 β が常時連続的に比較
される。
v2(t) と
V(t) の位相差 β が90度の場合には両者のベクトル関係は円となり,
また円内の領域は β≤90度 に対応する。そこでリレーは
V(t) と
v2(t) の波形を連続
的に比較して,両者の位相差 β が90度以上では動作せず90度以内になった瞬間に動作
判定をする。 これによって図(b)の円内がリレーの動作域となります。
代表的なモーリレーと云われる DZ-Ry の円特性を得るための動作原理は以上です。
上述の説明で判るように、系統の電圧
V(t) や電流
I(t) の大きさではなく両電気量の位相
関係をリレーの判定原理として使っている。 リレーは事故があれば電圧・電流波形から
文字通り瞬時に動作・不動作の判断をする必要があるので瞬時電圧や電流の大きさ位相差
等を数値的に検出して演算するような方法ではまにあいません。単純な判定原理での勝負です。
ところで図(b)は電子回路上で電気量
V(t) と
I(t) に関するベクトル関係を示したもので
すが、このベクトル量を概念的に電流
I(t) で割り算して表示すれば,電気量
V(t)/I(t) に関する
ベクトル図(c)が得られます。図(c)は図(b)の表記法を変更しただけであり、図(b)
で得た
V(t) と
I(t) のベクトル関係は図(c)においてもそのまま保全されています。そして私
たちは普段この電圧・電流変数を複素変数で表現して

としているので
図(c)のベクトル関係を
(R,jX) 座標上のベクトル Ż と読み替えることができる。オームリ
レーと称する理由でもあります。
或る変電所の1号線の電圧

・電流

としてその1号線用のDZ-Ryについて吟味して
みましょう。このとき、DZ-Ryの中で加工されたベクトル

が
R−X 座標として表
示されたリレーの円特性の外にある状況ではリレーは不動作、中に入ればその瞬間に動作
する。図(c)はその状況を説明している。そして当該回線に通常の負荷電力が流れている
状態(図の④⑤など)では

は
R 軸方向にあるのでリレーは不動作です。また近く
の送電線に短絡or地絡事故が生じたとして、リレーは前方事故(点②③など)であれば動作、
後方事故(➀など)であれば不動作の判定をする。要するに方向判定機能が備わっているの
です。 さらに前方事故であっても事故点までのリアクタンスが或る閾値以内でのみ動作
する。すなわち測距機能を備えている。方向距離リレーと云われる理由です。
さて、DZ-Ry は

あるいは

の大きさを見ているのではありません。図(b)に示すよ
うに「

を基準として

の相対的な位相関係」を

の形で見ているのです。
したがって電圧

は電流

との相対的位相関係の基準を示す役割を果たしているので
「極性電圧」という名前で呼ばれることが多いです。
ところで、例えば至近距離で三相短絡が発生すると電圧は三相とも潰れてほぼゼロにな
る。電流の位相基準となる極性電圧がゼロになってしまえば電流の位相をはかることはで
きない。 そこで保護リレーの実際の設計では事故発生直前の電圧ベクトルを記憶して
判定回路の極性電圧として利用するように工夫されている(
極性電圧メモリー)。その
ほか保護リレーとして速く正しく動作するためのいろいろな工夫が施されているので
すが、リレーのuseとしてはそれほど詳しく知る必要がないので本書では詳しい説明を割愛します。
40.3 bc相 2線短絡時の方向短絡距離リレー(44S-1,2,3)の応動
図40.3(a)の平行2回線系統で1号線
f 点にて
bc 相2線短絡 (2φS) が発生し
たとして
m 点 1号線のリレー44S-1,2,3の応動を検討する。なおここでは事故直前
の負荷電流は流れていないとする。負荷電流がある場合については後述します。
この場合の等価回路は図(b)となる。なお,正相インピーダンスと逆相インピーダンス
は同じとします。(発電機の正・逆相リアクタンスに差があるが,変圧器・送電線のリア
クタンスが加わることによってその差は薄められるのでこの近似は多くの場合に正しい。)
平行 2回線系統では事故点
f の事故電流は
f 点の左右両回路から供給されます。
図(b)の等価回路から次式が成り立ちます。なお以下では電圧・電流はベクトル表示の
瞬時値であるが時間関数を強調する()tおよびベクトルを表すドット記号を省略します。

正相・逆相回路インピーダンスは同じとし、また事故前の負荷電流はゼロとしているので

です。
次に、1号線のみで運転中ならば事故点
fが1号線のどこにあっても
f点の故障電流は全
て
m点から供給されるので
C1 は1.0である。2回線運転の場合には1号線事故点
f が
m 点
近傍であれば
C1 は1.0に、また
n点近傍であれば故障電流は1号2号回線から半々で流れ
込むので(負荷電流ゼロとして)1号線からの流れ込み率
C1 は0.5になります。
さて,この場合
f 点の
bc 相短絡事故を
m 点 1号線保護用の短絡リレー44S-1,2,3の
見インピーダンス
RyZbc, RyZca, RyZabを計算します。
1)
bc相短絡リレー (44S-2) の見るインピーダンス:
RyZbc
bc相短絡距離リレーには,いわゆる
bcの ◿電圧(
Ryvb−Ryvc)と ◿電流(
Ryib−Ryic)が導入されます。

2)
ab相短絡リレー (44S-1) の見るインピーダンス:
RyZca

3)
ca相短絡リレー (44S-3) の見るインピーダンス:
RyZab

上式で求めた
bc相短絡事故時に各リレーの見るインピーダンスとして求めた式
(14.5a,b,c)を忠実に座標
(R,X) にベクトルとして書き込むと図14.3(c)を得ます。 距
離リレーの理論として技術者諸氏が一番難しいと感ずるところがこの部分でしょうから
その書き方を少し丁寧に解説します。わかってしまえば何でもありませんから丁寧に読んでみてください。

右辺第1項の
z1 はリレーの設置点
m から事故点
f までの正相インピーダンス
Z1=r1+jX1
であるから原点Oとして、
z1 は直線O②のべクトルとなる。次に
C1 は1.0~0.5の実数と
して良いので右辺第2項
Rf/(2C1) は水平に右に向かうベクトル直線②③となります。以
上により
RyZbc は直線O③のベクトルとして表示できる。ただし
Rf は小さいながら不確
定であり、
C1 も1.0~0.5の範囲で変化するので直線②③の長さは或る程度伸縮すると考
えます。 結局、
m 点から事故点
f 点までのインピーダンス距離が
z1 以内であれば事故
時にリレーの見る座標点
RyZbc は頂点O②③を含む平行四辺形の網掛け領域のどこかに存
在します。 1号線
bc 相保護リレーの整定された動作範囲が事故点を円内と見れば
bc 相短絡事故としてもちろん動作します。

右辺第1項
z1 は図中の
z1 は直線O②のべクトルです。 次に右辺第2項
-j
fZ1/C1に
ついて考えます。まずは2号線が停止中として
C1=1 であるとしよう。
fZ1は事故点から
1号線電源側を見るインピーダンスであるから点の背後系統のインピーダンス
zback (図で
は
m 点の背後側の直線➀Oに相当)とすれば
fZ1=Z1+Zbackです。したがって
fZ1 は直線➀
O②として描く事ができます。次にこうして決まった
fZ1 を時計周りに90度回転して長
さを

倍すれば
-j
fZ1 (直線②④)が得られる。ところで直線➀②と直線②④は長さ
の比が1:

であるから、両直線のなす角度は幾何学的に60度です。したがって三角形
➀②④は60度30度の三角定規の形で描くことができる。 次に右辺第3項
-aRf/C1 につ
いて、右向きの短いベクトル R
f を時計回りに60度回転させればベクトル
-aRf (直線④
⑤)を得ます。なお、直線④⑤は直線②③の2倍の長さです。 結局
C1=1 の場合には、
RyZab は直線0⑤のベクトルとして描くことができます。図において
ab 相短絡検出リレー
の整定動作範囲が円内であるとすれば点⑤は円の外であるからもちろん不動作となりま
す。 最後に,ここまでは
C1=1 としてきた。実際には
C1=1~0.5 であるが0.5に近い値
の場合には図の点④点⑤がさらに右方向に移動するのでリレー不動作であることには変わりありません。

右辺第1項
z1 は図中の
z1 は直線O②のべクトルです。 次にまずは
C1=1 であるとして右辺第2項
j
fZ1/C1は
fZ1 の直線➀O②を今度は反時計周りに90度回転して長さを

倍することで直線②⑥として得られる。ここで三角形➀②⑥も60度30度の三角定規の形
です。 次に右辺第3項
-a2Rf/C1 について、右向きの短いベクトル
Rf を反時計回りに60
度回転させればベクトル
-a2Rf(直線⑥⑦)を得る。なお、直線⑥⑦は直線②③の2倍の長
さです。 結局
C1=1 の場合には、
RyZca は直線0⑦のベクトルとして描くことができる。
図において
ca 相短絡検出リレーの整定動作範囲が円内であるから点⑦は円外であり不動
作となります。実際には
C1=1~0.5 であるが0.5に近い値の場合には図の点⑥点⑦がさ
らに左方向に移動するのでリレー不動作であることには変わりません。
ここで事故の発生前の状態を確認しておこう。事故前の通常負荷運転の状態ではこの
モデルの発電機としても、あるいは1号送電線としても
(p,q) 座標では |
p+jq|≤1.0 の状
態でかつ力率角 |φ|≤20 度の領域で運転されているのであるから、式(14.2b)により運転点
を
(R,X) 座標に置き換えてみれば |
R+jx|>≤1 かつ力率角 |φ|≤20 度の領域、したがって、
事故前の負荷運転状態の運転領域は図14.3(c)に示すように原点(0,0) より右方向に遠く
離れた
R 軸の近傍の領域で運転されていることになる。 無負荷 |
p+jq|≅0| であれば
|
R+jx|≅+∞ です。
以上を要約すると、
m点変電所1号線では前方
x1≤Xryset以内の地点の
bc 相短絡が生ずると、
bc 相短絡リレー(44S-2)のみが動作します。

今回はここまでとしましょう。
(2023年6月8日 長谷良秀 記)