電力技術理論徒然草 No.43 (長谷良秀) 
     
方向距離継電器の理論 その5

界磁喪失リレーの原理
43.1 界磁喪失リレー(60-Ry)の原理
  距離継電器について過去4回にわたり書いてきました。 5回目の今回はデバイス番号 60番、発電機の界磁喪失検出リレーについて解説したいと思います。 発電所の 同期発電機の発電機保護システムには60-Ryが用意されており、万一の界磁喪失 が生じた場合に即時トリップとするシーケンスが繰り込まれています。その60リレーと して方向距離リレーが使用されています。その特性はR=X座標で図43.1(a)の様な整定に なっています。

  まずは私の幼児体験から話を始めます。大学の電気工学科を卒業してメーカに就職し て最初の2-3年目の新米社員だった昭和30年代後半のころのことです。 変電技術の要員 として保護リレーの現場仕事を担当することになり、工場でのRy装置の工場内試験をす る傍らでリレー盤の現地試験で電力会社の主幹系変電所や火力水力発電所にも頻繁に出 張しました。
  その当時、全国の275-110kV送電線:変電所の建設が相次ぎました。 送電線の保護 は、キャリアーリレーシステムと称して、その中核的役割を2-3サイクル動作のカップ型 方向距離リレー(DZ-Ry)が果たしていました。デバイス番号は44Sとか44Gリレーです。 DZ-Ryはもっぱら送電線保護用として主幹系変電所に設置されるのですがどういうわけ か発電機の界磁喪失検出用60-Ryとしても使われていて、たまには発電所にも出かけま す。そのRyの特性は図43.1(a)に示すR=X座標特性で示されます。
「発電機は万一界磁喪失になると発電機が焼けるので即トリップしなければならない。 その場合、その軌跡が図43.1(a)に示すDZ-Ry(デバイス60-Ry)の 動作領域に入ってく るのでこのDZ-Ryで高速遮断できる」ということです。新米の私にはその根拠となる理 由が皆目わかりません。{発電機が界磁喪失するということは例えば同期発電機の励磁 回路が切れてしまうことですね。その時発電機の va(t)/ia(t) が60-Ryの動作域に入って くるのはなぜですか? それから発電機は即時遮断しなかったらなぜ焼損してしまうと いうのはなぜですか?・・・}。この疑問に対する答えがどうにもみつかりません。 保護リレー関係に関するあらかたの本にも界磁喪失が生ずると60-RyがR-X座標の動作域 に入ってくると書いてあるのですがその理由は全く書いてないので私の疑問解決の役に 立ちません。近い職場にいる保護リレーや送変電技術の仲間や諸先輩も教えてくれませ ん(実は答えられません)。 仕方なく発電機設計の関係者に聞きにいきましたが私の低い 理解力のせいもあって「発電機が焼ける」説明もなんとなくて納得とまでいきません。 60-Ryの動作域云々については「そえはRy 屋さんに聞いてよ」とかわされてしまいまし た。そもそも発電機設計の設計製造に保護リレーやR-X座標に関する知見を使うこと などないから、発電機屋さんがR-X座標自体についてあまり関心がないのも当然かもしれ ません。
私の消化不良はしばらく続きました。 そんな或る晩、ベッドの中でふっと思いついて 起き上がりノートに走り書きしてみたのが次の式でした。


PjQ+とRjX−が逆数関係になっている。「なあーんだあ。R-X座標はP-Q座標の逆数 関係なんだ。」「なんでこんなことにもっと早く気がつかなかたのだろう」と。 その時何となく知っていた発電機の能力曲線(図43.2)とDG-Ry のR=X特性が私の頭の中 でようやく連結しました。
発電機の能力曲線の勉強を深めれば図43.3のP-Q座標に辿りつきます。 図43.3について はこの連載のNo.30.No.31などで詳しく解説しました。 繰り返しになりますが、図43.3 で点⑤が ifd=0、あるいは Efd=0 で励磁電圧が失われる点です。 このような状態にな れば、第1に当該発電機が不足励磁領域(UEL直線の下領域)にはいっているので遮断が遅 れればロータ表面(特に楔)の異常過熱で発電機は極めて短時間に焼損に至る。 第2に不 足励磁状態、特に Efd≅0 の領域では当該発電機と系統との同期火力が失われて発電機の 追従運転が不可能になる。 そしてこのような事態は系統が脱調状態になることを意味 しているので全系統のブラックアウトに至る事にもなりうるのです。
図43.1にもどって(a)図と(b)図を見比べてください。R-X座標とp-q座標は逆数関係の変数 変換の関係にあり、動作限界を示す二つの円は互いに鏡像関係にあります。 発電機の動特性理論、あるいは系統安定度理論のなかで図(b)が運転禁止領域として認識 できておれば、R=X座標で(a)の様な制定特性の60番Dz-Ryが即時遮断トリップシーケン スとして組み込まれる理由は自明です。

  私の今回の幼児体験話はこれでおしまいです。 60-Ry や図43.3についてもう何も追加 で説明すべきことはありません。




せっかくなので落語のオチにもなりませんが最後に締めの言葉を一席。 長いこと技術屋という立 場で仕事をしてきた我が身として何となくわかっているようで肝心のところが判らない、そういう 疑問や課題を抱えていて、或る時突然にその疑問がちょっとしたことで氷解する。 そういう経験 を沢山してきました。 上述の我がエピソードはその一つの例にすぎません。 同じようなことは 誰もが長い間に何回も経験する事であろうと思います。 結論を知ってその理由を知らず。ルーチ ンを知ってその根拠を知らず。 経験の浅い技術者には多かれ少なかれ避けられません。疑問を抱 く技術者が求めているのは結果の切り抜きではなく途中経過です。 そう考えるとき、昨今の本屋 さんに並ぶ技術本には理由を省いて結果のみを記す流儀が多すぎますね。 本の頁制限等やむを得 ない理由もあるかもしれませんが,結果だけを記す薄手の本ばかりが目立つ現状はあまり有り難い環 境とは思われません。
私は自著(丸善版、英語Wiley 版)の前書きで「・・・本書では電力システムの様々な物理的事象 を理解する手法として、その理論式を導入し、展開し、結論を導くまでの課程を丁寧に追うことに 務めました。理論式の過程では途中の省略とか結論のみの提示に留めるなどの曖昧さを絶対に残さ ないことを鉄則としましたので丁寧に読み進んでいただければ必ず理解していただけると思いま す。・・・」と書いています。 なかなか完璧にはいきませんが、心構えだけはいつもそういう気 持ちを持ち続けていかねばならないと思っています。

次回からはまた別の切り口で徒然草を投げ込ませていただきます。

(2023年10月3日 長谷良秀 記)
 
     
   
     
 
 
 
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