北海道大規模風力サイトを訪ねて
令和の世も6度目のお正月を迎えることとなりました。 外にはウクライナやパレスチナガザ地区の深刻な戦争状態
あり、うちには相も変らぬドタバタ政治有りとあまり冴えない正月ですが、昭和人間としてもう少し令和をのぞき見さ
せていただく所存です。本年もよろしく。
さて、小難しい技術話をさぼって今回も思いつくままに・・・。 昨年(令和5年です)8月に北海道の北端稚内市の南に
展開する宗谷丘陵に建設された540MW級の大規模風力を見学させていただく機会を得ました。 その時の感想を少々
記します。まずはその大風力プロジェクトの中身の紹介から始めます。
風力発電の発電出力は風速の三乗
v3 に比例することから真に風次第のビジネスです。風速10m/sでの
出力を1.0とすれば5m/s以下の風では出力は0.125以下ということですから年間を通じて7m/s以上の安
定的な風が得られる場所は限られています。 日本において
容量係数(capacity factor:設備的な理論電
力量に対して実際の発電電力量の割合)が十分に高い大規模風力の筆頭候補地とされるのは北海道か
ら本州北部の日本海沿岸地域でしょう。このような条件をかなえる立地点として実現した日本初・日
本最大の風力プロジェクトがここに紹介するプロジェクトです。事業主として540MWの風力発電を
ユーラス社が担い、関連する187kVと66kV送電線&変電所を
北海道北部送電社(ユーラス子会社)
が担った大PJです。
4.2~4.5MW級の風車 127基が幾群かに分けられて広大な丘陵地域に林立する総出力540MWの雄大
な発電機群であり既にその四分の三ほどの風車が完成して稼働しています。 十数基の風力塔の電気
は数か所の数万kW級風力変電所に集約され、さらに60kV送電線(全長約20km)で540MWの全電力を
集約する
187kV北豊富変電所に送られる。 次に同変電所を起点に
187kV豊富中川幹線(線路長
51km,鉄塔174基、平行2回線、定格1700A)を経て北海道電力
187kV西中川変電所に接続されている。
187kV北豊富変電所および187kV豊富中川幹線の新設設備は北海道北部送電社が負担して建設され、
また187kV西中川変電所とそこから既設の
西名寄変電所までの
187kV北幌延幹線の新設は北海道電力
が負担して建設されました。北部送電社が担当した北豊富変電所には主変圧器(165MVA,187/66kV,3
バンク)を介して
STATCOM(定格52MVA,187kV, 2台)および
蓄電システム(定格容量720MWh)
が併設されています(理由は後述します)。

ここで技術論を少し離れて我が国の大規模風力の先駆けとなったこの設備建設の経緯や意義などに
ついて筆者なりの見解を記します。 繰り返しますが上述の設備の風力発電機群の事業主はユーラス
エナジ社であり、また北豊富変電所・各開閉所および
187kV豊富中川幹線(51km)と付帯する66kV側
全線路の事業主は北海道北部風力送電社(ユーラスの子会社)です。戦後の日本において十電力事業
者と電発以外の民間会社によって建設された初めての超高圧送電線並びに変電所であるといえるでしょう。
年間を通じて安定な風速が得られるとされる道北の宗谷地域で得られる出力540MWの大規模風力
の実現は真に日本の将来のエネルギーミックスを占ううえで貴重な先駆けとなるプロジェクトである
といえるでしょう。 ただこの電力は北海道内で消費されるわけではなく、その主たる需要地は圧倒
的な負荷を有する東京方面でということになるでしょう。需要の限られた北海道では残念ながらも風
力は不要なので産地消費となならないのです。 したがってこの540MW出力は基本的に宗谷地区⇒
北海道内⇒津軽海峡⇒東北⇒関東までの約1500kmの電力輸送設備を伴って初めて成立するプロジェ
クトなのです。
このようなプロジェクトが実現するためには多数のplayersによるビジネスとしての精査と合意が必
要であったろうことが察しられます。 まずは宗谷北端の稚内方面には大容量送電線は存在しない。
宗谷丘陵から北電道央部主幹系までの送電線の建設が必要であるが、北海道電力が通過電力のための
送電線建設費用を負担することは受益者負担の原則からも、また現実の経営問題としても無理な話で
す。道央⇔西中川間を北電が建設し、豊富中川幹線以北をユーラス・北部送電社が担当する合意決着
は決して容易なプロセスでなかったでしょう。北電既存線路内の潮流ネックの問題や新北本&北本連
系システムの許容通過電力量制限に関する深刻な技術論議もあったでしょう。 さらに東北電力管内
でも同様の通過電力量の技術的な容量問題が存在したかもしれません。
次に北電管内の系統の安定性確保の技術問題です。北電全管内の総需要は3,000~5,500MW程度で
あるから540MW風力の出現は系統技術的にもとびきりのインパクトとなるでしょう。まずは
電圧調
整(無効電力Q調整量)の問題です。亘長200kmを超える新設長距離線路の先に風力がつながるので
あるから電圧崩壊などの事態を絶対回避するためには長距離線路に見合うSTATCOM(52MVA x 2台)
を設けて無効電力制御を完璧に行うことが不可欠です。さらに有効電力
Pに関する“変動緩和要件”の問
題を解決しなければならない。仮に平日午前7~10時の時間帯で北電管内の需要が急上昇中に何らかの理由で
大規模風力パワーが脱落したら北電系統は崩壊しかねない。この時間帯ではいかなる事態でも風力の出力減
は絶対に避ける必要があります。さもないと北電系統が潰れかねません。したがって大型風力には“この時間
帯においては
“出力パワー急減(瞬時減)不可”という
運転制約条件を付けざるを得ない。16~19時の時間帯
では風力の“増加不可”の制約が必要になることも自明です。 図はこのシステムの運転に課せられた4っの時
間帯の出力緩和条件です。
電力会社としては大規模風力システム事業者に対して
“時間帯別の出力変動制約”を絶対条件として要求す
るしかない。これは
“或る条件を逸脱すれば全系崩壊するという電力システムの技術的特性そのものに起因す
る技術的に必然不可欠の条件であって、決して当事者のビジネス的損得やエゴの問題ではありません。風力
や太陽光発電が自然現象によって出力の乱高下を伴うことは避けられない以上はやむを得ない制約と云わね
ばならないわけです。 風力発電や太陽光発電は基本的に“お天気まかせ”で急変がいつでもありうるのです
からこのような制約を必要とするのは宿命と云えるでしょう。

さてこの出力緩和要件の技術問題をクリアーする現実的な唯一の解決法は
大型蓄電設備を風力側に併設す
る事でしょう。 そして受益者負担の原則に則れば、送電線や風力変電所のみならず
STATCOM や蓄電池群
も北電が担うことには無理がありやはり風力用変電所に必要な設備と考えるべきなのでしょう。これら蓄電
装置もSTATCOMも国内で初の大規模設備です。
この大規模風力プロジェクトでは豊富中川幹線以北の全ての設備建設の事業主が北部送電社となり、また風
力変電所にはSTATCOMや大規模蓄電設備まで付帯された理由がもっともなことと理解されます。当然のこ
とながらこれらの設備では北電系統と同レベルの制御・保護設備の具備や
北電側の系統運用との完全な協調
運転が求められることも自明です。そのほかに大規模風力システムでは変圧器開閉なども頻繁に行われるの
で変圧器の励磁突流現象を抑制する
突流抑制装置なども設備されました。
さて今度は事業者ユーラス/北部送電社の立場に立ってこのプロジェクトの企画計画段階で克服せねばなら
なかった様々な課題に想いを馳せてみましょう。 まずはプロジェクトの長期採算性ですよね。発電設備と
送変電設備の両者を合算した採算性の問題です。年間を通じて安定な風を予測し、また巨大な初期建設コス
トの長期設備償却法に期待し、さらに多少の公的補助金を織り込んでもこのプロジェクトの企画段階で簡単
に採算性を見込むことはできなかったのではないでしょうか。次に資金調達の大問題が有ったでしょう。 “年
間を通じて期待する安定な風力への期待”だけが唯一の借入れの担保となったのではないでしょうか。 経産
省・エネ庁からの期待と多少の資金援助は織り込めるとしても“取らぬ狸の皮算用”で巨額の資金を獲得する
ことは決して容易なことではなかったでしょう。銀行団としては国のお墨付きでもなければ話に乗れるわけ
がありません。 さらには地権者との用地交渉や環境保全に関する地元との合意形成等々、一民間会社の作
業としては決して容易なものではなかったでしょう。
技術問題も深刻であったはずです。第1に北海道電力の系統安定性が将来とも絶対に確保される必要がある。
管内の3,000~5,500MW規模の全需要が広範な地域に分散する北電系統で540MW級の当該風力が激しく乱高
下し、あるいは突然全台停止するような事態が生じても北電系統の安定運転を半永久的に確実に担保するこ
とは技術的に決して簡単な事柄ではない。 これらもまた電力システムの技術的特質に起因する論理的事実
であって事業体それぞれの損得やエゴの問題ではない。計画段階では様々な高度の解析シミュレーションと
議論が繰り返されたことでしょう。そして前例などない状態でぎりぎりの技術的判断と様々な切り口での合
意形成のための議論が交わされた上での厳しい門出であったに違いないと想像できます。
ここに紹介した宗谷丘陵540MWプロジェクトに関係する多様かつ多数のプレーヤ当事者が上述した事項の他
にも様々な切り口での事業性に関する試算と熟慮を繰り返し、そして多数の決断と合意が同時進行形で達成
されてようやく実現したプロジェクトであったでしょう。そして多くの決断と交わされた合意のどれが欠け
てもプロジェクトは成立しなかったのではないでしょうか。 筆者として同プロジェクトに関与した全ての
関係者、特にユーラス・北海度北部送電社の事業立ち上げの決断に敬意を払いたいと思います。
さて、仮に北海道に二つ目の500MW級の風力プロジェクトを立ち上げようとしたらどうなるでしょうか。
さしあたり津軽海峡の直流連系容量(北本&新北本合計設備容量900MW)がネックになる。それだけでなく
新風力電源サイトから引き出し線路区間のみならず北電管内や東北電力管内の主要幹線のあちこちで容量不
足の事態に陥るでしょう。 上述した540MW宗谷プロジェクトでは多少の運用制約付きであるが電力需要地
まで1,500kmの輸送ルートの中で基本的に豊富中川幹線などの当該風力引き出しルートなど100km程度の線
路の新設だけでそれ以外のルート補強を免れ得たからこそ実現できたという事実に思い当たります。
一般に価値を利用するためのコストは生産コストと輸送流通コストの合計値で評価されねばならない。
電気電力のコストも発電コストと輸送コストの合計値で評価しなければならない。 そして電気電力の場合
にはその輸送距離が長くなると発電コストより流通コストが飛躍的に増加します。 これは電力インフラに
関する宿命的な事実としなければなりません。発電所は地理的にはスポットであり、また作り代えや移転も
できる。 しかしながら流通系電力システムは宿命的に大地に張り付いて建設される平面システムです。
丸ごとの作り代えや移転もできない。 前の世代からのシステムを受け継ぎ、その時代時代の需要と供給の
ニーズに合わせて継ぎ足しと修復を重ねながら最重要インフラの役割をはたし、さらに次の世代に継承して
いく。 そういう意味で電力システムの特性は大地の特性そのものであり、他の物品価値とは基本的に事情
を異にするといわねばならない。 そして桁外れの初期建設コストの問題も避けて通れない。
今、世界規模での環境汚染と地球温暖化防止の重要性が叫ばれ脱炭素・脱原子力の切り札として風力への期
待が益々高まっています。 わが国でも日本海北部沿岸地帯の潜在風力資源8,000MWの開発の構想等の議論
が始まったと聞きます。洋上風力の技術的進展などもあり心強い。しかしながらその一方で大電力の主要な
需要地まで800~1,500kmの電力輸送の輸送路確保が欠かせない。 現存の電力システムにそのような輸送能
力は全く備わっていいないし、その輸送路確保に必要な初期建設コストは風力新設の初期コストをはるかに
凌ぐであろうことは想像に難くないことです。 この20年間に電気の市場化と電気事業の発送分離、そして
多くの大小発電事業者の参入などがあり、また2011年の福島原子力被災以降において原子力がのきま美停止
状態になりました。発電の構成ミックスが様変わりせざるを得なかったにもかかわらず全国の主幹送電線は
ほぼ20年前と大差ない昔の儘の状態です。 今の系統は分散発電システムの急増に対応できる状態にまった
くなっていないといわねばなりません。
ひと昔前の時代では国のベストミックスは火力(石炭・石油・LNG)・原子力・水力の発電設備能力の構成
比率のみで語られてきました。しかしながら風力・太陽光が加わった現在では国のベストミックスを発電設
備能力のみで語ることはできない。新電力の増量に見合う流通系の建設初期コストと系統の冗長性確保のた
めの増分コストをも織り込んだ現実的なベストミックスでなければならない。 基本的に火・原・水時代に
構成された我が国の既存の送電線は風力電源地帯から大量の電力輸送が可能とする構成になっていないので
す。 国家100年の計を見据えて今から地道に作り代えていく覚悟が求められます。そして原子力の位置づけ
などもその中で総合的に判断されるべきこと等々の現実を万人が理解できる施策が求められるのであろうと
愚考します。
皆さんのご意見はいかがでしょうか。
(2024年1月2日 長谷良秀 記)