電力技術理論徒然草 No.47 (長谷良秀) 
     
中性点接地方式(その1)


  前回は電圧階級について全般的な解説を行いました。 そして日本では154kV以下の系統は中性点高抵抗接地方 式(沖縄電力は直接接地方式)、187kV以上のEHV,UHV級は直接接地系が採用されていることなどを解説して、さら に戦前の朝鮮半島で日本人により建設された220kV系について解説しました。 今回は前回に関連して中性点接地 方式について解説してみたいと思います。

47.1 中性点接地方式の分類と基本的な特徴
中性点接地方式は次のように分類できます。


  中性点接地方式は大別して➀有効接地方式と②非有効接地方式となりますが回路理論の視点からみる と両者の差は零相回路の差であるから,接地方式による系統の振舞いの差は商用周波数のAC現象であ れ過渡現象やサージ現象であれすべて零相回路の差を起点として説明ができます。 中性点接地方式は 事故時の異常電圧現象や故障電流の様相や安定度などの系統の振舞いを大きく左右し,系統や送変電設 備の絶縁設計・短絡容量設計・遮断器性能設計・保護制御システム設計・誘導障害対策設計などのさま ざまな分野の基本概念を左右する重要な要素です。
回路理論的には零相回路の差が特に過渡時(系統事故発生,雷撃・開閉操作など)の系統の応動(安定 度など)を大きく左右します。

  ➀有効接地方式と②非有効接地方式の特徴はさまざまですが,最大の特徴を端的にいえば,「非有効 接地方式では1線地絡時の地絡電流を効果的に低減できる(200A程度に抑制できるので誘導障害対策上 も有利)が,発生する過渡的過電圧は大きくなる。有効接地方式はこの逆である」ということになるでしょう。

  交流送電が実用化の時期を迎えたのは1900年前後でしたが,どの国においても電力系統はその国で最 初の発電所と送電線ができた時から既設設備に新規の設備を継ぎ足す設備増加・更新を長年にわたり重 ね重ねて今日の系統があります。 したがって各国で現在採用されている中性点接地方式もそれぞれの 電力系統構築の歴史的経過のなかでたどりついた方式が採用されております。特に最も歴史の長い22kV 以下の配電系統および60kV~154kV 級以下の系統では歴史的な事情で各国さまざまな中性点接地方式 が採用されています。 そして日本では60kV~154kV 級は抵抗接地系(非有効接地系)、6kV配電系で は中性点非接地方式(正確に言えば中性点微小電流接地系)が採用されています(補足)。 なお第2 次大戦後に各国で建設されたEHV/UHV 級の系統では例外なく中性点直接接地方式が採用されていま す。 このクラスでは送電線や変電機器の絶縁低減が図れるので経済的利点が極めて大きいからにほか なりません。


  歴史の浅いEHV/UHV系では全て絶縁設計的に有利な直接接地方式が採用されていますがこれは低位 の系統でも有効接地方式のほうが非有効接地方式より優れているということを意味するものではありません。
低位の系統では直接接地方式との対比で、非有効接地方式において「その絶縁レベルが相対的に高くな ることによる経済的不利」がさほど大きくない一方で,「1線地絡時の地絡電流が格段に抑制できると いう非有効接地方式特有の利点」が大きくなるからです。 具体的にいえば、日本の6kV配電線はい わゆる“非接地方式”が採用されていますので仮に誤って1線接地事故を生じさせたとして電圧ショック はありますが事故点の地絡電流はほんのわずかの電流しか流れません。 しかし“有効接地方式”を採用 している国であれば10kA程度の大電流が流れて大やけどや火災の原因となる可能性が非常に高いという ことにもなるでしょう。 100V/200Vの回路でも同様です。 蛇足ですが以上は1線地絡事故の場合 であって2相短絡事故の場合は非有効接地方式でも大電流が流れます。

47.2 中性点接地方式と地絡電流の関係
  さて中性点接地方式について定性的な特徴説明が先行しましたが、これらの理屈を回路理論としてし っかり押さえておくことが大切です。

  系統に a 相地絡が発生した場合に中性点接地方式によってどのような差異が生ずるかを吟味してみま す。a 相1線地絡の場合の地絡電流計算法については徒然草No.10,No.11などで解説しました。
a 相1線地絡の場合の対称座標法等価回路は正相・逆相・零相回路が事故点fで直列接続になるのでし た。地絡電流の式を以下に再録します。 なお図中のアーク Rarc は事故点のアーク抵抗ですがこの解説 では無視して Rarc = 0 としましょう。

  f 点で a 相地絡事故(アーク抵抗 Rarc = 0 とする)状態を示す012領域の等価回路図より事故点に おける電圧・電流は次式のようになります。



  ただし事故点 f のゼロ相インピーダンス Z0 は次式のようになり、高抵抗接地系では中性点抵抗 3r0 が加 わります。



  なお、上式で正相引出し端子➀②の事故前電圧 fva(0-) は事故点 f の事故前 a 相電圧であり次式(1d)で 計算できる既知の値です。そして f 点から系統側の内部インピーダンスは Z1 = fZ'1//fZ"1です。



  この状態でスイッチ S を閉じて端子➀②に (fZ2 + fZ0) を接続することで a 相地絡回路となるので 図でテブナン定理 (Thévenin’s law) により電流(定常値)が簡単に計算するのでした。
上記の式で 012 領域の電気量が全て求められたので後は abc 領域に逆変換すれば次式を得ます。





事故点 f 点で。a 相1線地絡が生じた場合の abc 相電圧・電流が求められました。a 相1線地絡である から当然のことながら事故点 f の仮想引き出し端子の bc 相電流は fib = fic = 0 となっています。また 健全相の電圧については |fvb| = |fvc| の関係が成立しています。

焦点となる a 相電流と bc 相(健全相)の電圧(b 相電圧 |fvb| で代表する)について再録します。なお 線路と変圧器については正相・逆相インピーダンスは同値(発電機や負荷は同値ではない)なので全系 では概ね fZ1fZ2 です。 以下では事故点 f を示す添え字は省略します。



47.3 中性点抵抗接地方式の場合

  日本の154kV~60kV級の系統(沖縄電力を除く)は高抵抗接地方式であり通常は変圧器の中性点が “200A接地あるいは100A接地方式”になっています。
154kV200A接地系を例に試算をしてみます。
200A接地方式とは変圧器の中性点に接続される抵抗器(NGR:Neutral Grounding Resistor)の定格電流が 200A定格相電圧 が課電されたときに200Aの電流が流れるような抵抗器 r0 が接続されて いることを意味します。

すなわち



次に送電線のインピーダンスについて吟味します。送電線の正相・逆相・零相インピーダンスについて はこのシリーズNo.8などで説明しましたが物理的な数値についてはまだ説明していませんでした。 別 の会に説明したいと思います。 ただ架空送電線の回路定数はどのような電圧階級の場合でも典型的数 値として概ね下記のようになります。



線路亘長 lline が1km,10km,100km とすれば線路インピーダンス Z1=Z2 はそれぞれ j15.7Ω,j157Ω, j1570Ω 程度となり、また線路のゼロ相インピーダンス Z0line 0lineZはその4倍程度となります。 他方で 154kV系200A接地方式のばあい 3r0 = 1338Ω です。 したがって抵抗接地系では無条件で次式の関係が 成立しています。



  200A接地の中性点高抵抗接地系統では a 相地絡電流はその時の系統条件(接続状況・発電機の容量・ 負荷の有無など)や事故点の場所などに左右されることなく事故点電流 ia は200Aないしそれより少ない 電流となります。またこの時 b 相電圧 vb (健全相電圧: c 相電圧 vc も同じ)が89kVからほぼ倍跳 躍して154kVになることを意味しています。1線地絡が発生すると系統の健全相運転電圧が数サイクル (事故点が遮断器で除去されるまでの時間:50Hz系,6サイクルとして約120ms)の間は倍に跳ね上 がるのです。

47.4 中性点直接接地方式の場合

中性点直接接地方式 (r0 = 0) の場合です。 r0 = 0 ですから事故点におけるゼロ相回路インピーダンス Z0Z0 = jX0line + jXtrans ≅ jX0line のみで構成されます。 そして式(6b)の関係から概ね X1 : X0 ≅ 1 : 4 の関係が成立しています。したがって式(4a)(4b)において 4Z1 ≅ Z0 とすれば



3相短絡時の電流が ia = Va(0-)/Z1 ですから1線地絡の場合にはちょうどその半分の大電流が事故点に流 れることになります。 その一方で健全相の過電圧は1.33倍になりました。

47.5 高抵抗接地方式と直接接地方式の対比(まとめ)

さて、1線地絡が発生する時、事故が除去されるまでの120ms程度のことではあるが健全相電圧が跳躍 する。 その跳躍倍数が直接接地系では1.33倍程度となるのに対して高抵抗接地方式ではおおよそ =1.732倍になることが示されました。 このような一時的な電圧上昇をIECやIEEEの絶縁協調規格 用語としてTOV(Temporary Over-voltage)といいます。 TOVが1.33倍で留まるか1.732倍になるか は絶縁設計にとって大問題です。

  154kV系の場合、普通の運転状態の相電圧は154/ = 89kV ですがもともと10%の電圧変動を許容し ています。そして1線地絡で電圧が略1.732倍跳躍するのです。したがってTOVは 89kV の 1.1x1.732 =1.90 倍の 169kV になりうることを想定しなければなりません。地絡事故で健全相電圧が 1.90 倍になっ ても送電線健全相のアークホーンが絶対放電しないようにしなければなりません。また避雷器がこの過 電圧で熱暴走しないこと、および変電所の諸設備の絶縁耐電圧値がそれよりさらに大きくなければなら ないことになります。 以上は系統の絶縁設計の基礎となる重要な技術的事実です

  EHV/UHV系統の場合にはぜひとも1線地絡時の跳躍率を1.33倍程度にとどめたい。諸々の要素を考 えても1.5倍以内に留めたい。 EHV/UHV系統の場合には無条件に直接接地方式が採用されるわけです。

今回はここまでとしましょう。 次回も中性点接地方式について話を続けます。 なお、系統の絶縁協 調理論についてはもう少し先になりますがAC現象のほかにサージ現象の解説や避雷器特性などの解説 を行った後に解説したいと思います。

(2024年3月30日 長谷良秀 記)
 
     
   
     
 
 
 
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