中性点接地方式(その2)
48.1 消弧リアクトル(ペターゼンコイル)接地方式の理論的根拠
前回は中性点接地方式の分類について、また中性点抵抗接地方式と直接接地方式を比較して1線地
絡事故時にどの様な差が生ずるかについて解説を行いました。 今回はその続きの説明として非
常に特徴的な
消弧リアクトル(
ペターゼンコイル(Petersen-coil)接地方式 通称:ペコ系)につい
て解説します。日本の66~154kV系統は現在では高抵抗接地系が実施されていますが、昭和戦前から
昭和30年ごろまでの66~154kV系統は原則としてペコ接地系でした。そういう意味では歴史的な技術
ということになりますが原理的には極めて基礎的な知識として理解しておくことが大切と云えるでしょう。
解説に先立って前回の復習をしておきます。
f 点で
a 相地絡事故(アーク抵抗
Rarc=0 とする)状態を示す012領域の等価回路図
48.1より事故点における電圧・電流は次式のようになります(徒然草No.10を参照ください)。

したがって

ただし
fZ1≅fZ2,fZ0 は事故点
f 点から系統側を見る内部インピーダンス
事故点
f のゼロ相インピーダンス
fZ0 は次式のようになり、高抵抗接地系では中性点抵抗
3r0 が加わります。

なお、上式で正相引出し端子➀②の事故前電圧
fva(0-) は事故点
f の事故前
a 相電圧であり既知の値です。

この状態でスイッチ
S を閉じて端子➀②に
fZ2+fZ0 を接続することで
a 相地絡回
路となるので図でテブナン定理 (Thévenin’s law) により電流(定常値)が簡単に計算するのでした。

図48.1は
インダクタンス回路としての等価回路ですが、或る程度長距離の線路の場合には実際には
漏
れキャパシタンスを加えた回路として理解する必要があります。そして漏れキャパシタンスは対称
座標法回路として図48.2の様に表されるのでした。

さてそこで図48.1の等価回路のゼロ相回路のみに着目して課電されている送電系統の零相
キャパシタンスの総量を
C0 とします。このキャパシタンスに対応するゼロ相インピーダン
スは
-jXc0=1/(jωC0) です。架空送電線の典型的な値は
L0=4mH/km,
C0=0.005µF/km です(まだこのシリーズで見解説ですが後日解説したいと思いま
す。)。したがって、50Hz系では
ω=2πf=2πx50 として |
jωL0|<<|
1/(jωC0)|の大小関
係にあるので 線路のインダクタンス分はほとんど無視できて線路のゼロ相インピーダン
スは概ね
Z0≅-jXc0=1/(jωC0) として表現できます。 結果として変圧器中性点接地方
式、すなわち図48.3でイメージするゼロ相回路は次のようになります。

さて、ケースC)でもしもリアクトルのリアクタンス
Xpc を加減調整して
Xpc≅Xc0 のよ
うに漏れリアクタンスとの同調状態を実現すれば(チューニングすれば)次式(48.4a,b)の状態をつくりだすことができる。

系統の要(かなめ)となる変圧器の中性点に消弧リアクトルを設置して、そのリアクタ
ンス値
jXpc を系統の漏れキャパシタンスによる

に同調するように加減
調整すればゼロ相インピーダンスを
Z0≅+∞ にできる。すると当該系統ブロック内で1線
絡が発生してもその地絡電流
fia をほぼゼロに低減させることができるのです。
以上がペコ接地系統の基本原理です。 雷撃による1線地絡(送電線アークホーンの閃絡
など)が発生しても地絡電流が殆ど流れないので保護リレー&遮断器による事故区間の遮断
が行われる前に地絡事故は自然消滅する。 これがペコ方式の基本原理です。
試算:154kV系統(50Hz系統として)全送電線亘長が100kmの場合
具体的に数値を吟味してみましょう。
この系統の線路亘長が系統構成によって100km~500kmの間で変化する場合
100kmで11.2MVA程度必要なので全亘長500kmすれば、11.2~56MVA程度の容量が必要
になる。 この場合、消弧線輪としては定格容量を60kMA程度として20%~100%の範囲
で20,25,30・・・95,100%切替えタップを設けることになります。
48.2 消弧線輪接地方式の小史
ここで、中性点接地方式に関する歴史的事情について簡単に振り返っておきます。
本格的な三相長距離送電が先進各国で実現したのは日本を含めて1910~1915年前後(大正
時代初頭)のことです。 そして絶縁協調(Insulation Coordination)という考えの導入がアメ
リカの学会で初めて提唱されたのが1928年(昭和時代初頭)なのです。それまでの時代では送
電線や変電設備をどのように絶縁設計するか?あるいは過電圧保護をどうするか?という疑
問に応える指針も理論もなく、運転実績も乏しい状態であった。雷撃などサージ現象につい
てはその理論もなく測定手段もない時代です。そのような混沌時代においては、変圧器高調
波を吸収できる Δ 結線が優れているという考えが濃厚で中性点を接地するという概念も乏し
かった。“第3調波電流の歪み除去のためにも、また誘導障害を防止するためにも変圧器は Δ
結線が優れており、中性点接地はするべきでない”と云う考えも有力でした。現在の常識と
は真逆ですね。
しかしながら送電線や発変電設備の様々な地絡事故の体験を重ねる中でサージに関する
計測技術や理論も進歩してゆき、絶縁協調理論に基づく絶縁設計という概念も徐々に確立し
ていきました。 そして“変圧器の結線方式としてスター結線を採用してその中性点を何ら
かの方法で接地することが耐電圧絶縁設計という観点で有利”という考えが少しずつ定着し
ていきました。そのような状況の中から“➀直接接地方式”と“②高抵抗接地方式” そして“③
Petersen-coil(消弧線輪方式)”が三択の接地方式として各地各国毎に定着していったのです。
1930年代に至りサージ理論の進展、サージ試験用インパルス発電機やオシログラムの発明な
どもあり“雷撃保護技術”や“絶縁協調理論”が絶縁に関するハード技術の進展と歩調を合わせ
て著しく進展して今日の電力システム技術に繋がる発展を遂げました。
さて、Petersen-coilは1918年にドイツ人Petersenによって発明されました。この当時、中
性点接地方式は各国各様に採用されましたが代表例としてアメリカでは直接地系が選択さ
れ、ドイツでは自国で発明されたペコ接地方式が採用されました。日本は大正中期以降から
昭和戦前においてドイツ系の技術が採用されてPC系が当時の主幹系の接地方式となりました。
雷撃事故と云えば1線地絡が圧倒的に多い。1線地絡が生じても正しくチューニングされた
消弧線輪方式では雷撃による地絡事故が送電線で発生しても地絡電流がほとんど流れること
なく、したがって保護リレーも動作することなく、地絡状態は1秒以内の短時間で自然消滅
してしまう。 つまりリレー&遮断器の動作以前に地絡事故が消滅してします。 当時とし
ては真に“魔法のごとき優れた方式”でもあったのです。
しかしながらこの方式にはいくつかの欠点がある。当時は世界のどの国でも系統は小さ
く、その大半が放射状系統でした。 放射状系統であってもその送電線ルートが増大するに
つれてペコ接地系の欠点が目立つようになってきました。その欠点とは次のようなものです。
➀ 放射状線路が長くなるにつれて課電される線路長に応じたリアクトル補償のチューニングがむつかしい。
② チューニングミスがあればLC直列疑共振状態になって避雷器やその他の設備事故を誘発する可能性もある。
③ 消弧線輪が組合せて設置されている主要変圧器が万一解列されれば系統全体が中性点非接地になってしまい絶縁協調の大問題となりうる。
➃ 的確な高速度保護リレーの適用が困難等々。特に1線地絡接地事故に対して距離継電器が使えない。
これらの理由で消弧線輪方式は1950年前後を境に消え去る運命となりその後は高抵抗接
地方式に置き換えられていきました。今日では60~154kV系は(沖縄電力を除く。補足参
照)全て高抵抗接地系に統一されているのです。
補足)沖縄電力no110kV系は大戦後の歴史的な理由によりアメリカ式の直接接地方式が採用されている。
ペコ接地系から高抵抗接地系に切り替わる過渡期の1955年前後には図48.3に示すように消弧リアクトルと高抵抗を並列に接地する方式が採用されました。この場合の考え方は次のようなものでした。
消弧リアクトル・抵抗並列方式
常時リアクトルと抵抗を並列構成で接続する。
事故発生直後:抵抗が挿入されているので方向地絡リレー(67G)で1線地絡事故の方向判定が可能。
方向地絡リレー(67G)による事故検出と同時に中性点抵抗を切り離してペコ接地方式に切り替えて1線地絡事故の自然消滅を期待する。
日本の66~154kV系統はこのような過渡的時代を経て現在の高抵抗接地方式に順次移行し
ていきました。 現在の様な大系統で一つの系統ブロックの全亘長が大きく変化し、かつ
変圧器の台数も多い状態ではペコ系はそのチューニングがほとんど不可能でしょうし、前
述➀~➃の欠点が大きいことは明らかです。 PC系が歴史的技術となった所以です。
今回はこれでおしまい。 次回は直接接地系と高抵抗接地系の特徴比較や配電系で採用されている非接地系の技術について解説を続けます。
(2024年5月3日 長谷良秀 記)