抵抗・インダクタンスそしてFaraday法則と電磁気学の始まり
さて、前回のコラムNo.3では私の技術徒然草シリーズとしてまずは「電気計算の七つ道具」について書き綴ってみたいと述べました。
しかしながら、複素演算とか対称座標法等の何から書き始めるかと思いめぐらしたとき、
その前にどうしても電磁気学のもっとも基礎的なことについて復習しておく必要があると思い至りました。
ですからしばらくは皆さんご存じ(のはず)の電磁気学の復習から始めます。
1)電気抵抗(Resistance)とは
ループ状の金属導体に電源(起電力 :Electromotive force)を直列に繋ぐと自由電子が導体内を移動し始めます(図4.1)。
このことを通常は物理学でいう仕事の概念として「起電力 によって電荷 が移動させられる(起電力が仕事をする)」と表現します。
そして電荷の移動速度 を電流 と定義しています。 式で書けば

技術者相手の講義の場などで私はこの式を示したうえで、次に「電気回路に出てくる抵抗 とは何ですか?」と質問します。
すぐに回答が返ってこないと「Ohmは何を発見したのですか?」と質問を変えます。
「抵抗を発見しました」などという言葉が返ってくると今度は「その抵抗どこかの博物館に展示してありますか?
顕微鏡写真はありますか?」と畳みかけます。 「電流を流すと熱を発する物を発見しました」というコメントには「私は抵抗器のことをきいているのではありません。
電気用語のresistanceはなに?と質問しています」などと聞き返します。 「科学者Ohmは電圧と電流が比例することを発見した。
抵抗とは電圧と電流の比例係数です。Ohmはその比例関係を発見しました。」という答えを引き出すのに結構時間がかかります。

この比例関係を
Georg Simon Ohm(1787-1856)が1825年に発見して定式化したのです。
ループ状金属導体に代わって発電機に負荷を接続した状態(これもループです)でも事情は同じですね。
抵抗は発電機にも線路にも負荷にも、およそ電流の流れるループの構成メンバーそれぞれに固有の定数値が存在することを我々は知っています。
2)インダクタンスとは
次に質問します。「inductance は通常
Lと書きます。 さてinductance とはなにですか?」 もうなか
なか正しい答えが出てきません。 そう、
「inductance とは磁束と電流が比例する。その比例係数です」。
大学の電気系学科では必ず学んでいるのにこう答える人は殆どいま・・・。
N回巻のコイルに電流
i(t)を流すと磁束
Φ(t)ができる。 電流を大きくすると磁束も比例的に大き
くなる。 磁束
Φ(t)は電流を N 回切る(鎖交する)ので鎖交磁束数(linking flux)は
N.Φ(t)とな
る。 このとき
i(t)と
Φ(t)は比例するのでその比例係数
L が
インダクタンス(inductance)として定
義されます。 式で表わせば

この事実は
Hans Cristian Oerstead(1777-1851)が1820 年に発見しました。またそれを伝え聞いた
Andre.Marie Ampere(1775-1836)が直ちに詳しく定式化して同年に発表しました。
さて、式(4.3)により定義された inductance
Lは一つのコイル1に流れる電流
i(t)が作る磁束
Φ(t)に
ついて述べていますから我々の言葉で言えば
自己インダクタンスL
11 の説明になります。二つのコイルに
相互インダクタンスL
12(or
M) については11 年後のFaraday の登場を待たねばなりません。
3)Faraday の法則
さてここで偉大なイギリス人
Michael Faraday(1791-1867)の登場です。
Faraday は
第1 の実験として一本の導体(単相発電機のコイルとしても同じです)のそばに磁石を近づ
ける実験で、
「磁石を動かしたときだけ導体に起電力ε(t)(後述するように電源電圧 Source voltagev(t)
といてもよい)が発生し、その発生電圧は磁束の変化速度に比例する」ことを発見しました。 有名な
Faraday の法則です。1831 年のことです。彼は無類の実験家ですが高等教育を受けていませんからこの
事実を言葉で表現しています。
コイルがN 回巻であるとして微積分を知る我々はこれを次のように表現します。

また我々はMKS有理単位系で鎖交磁束数N (t)とi(t)の比例係数をインダクタンスL と定義していま
す。 重要な式(4.3)を再記しましょう。

式(4.5)を言葉で表現すれば
「自己インダクタンスL とは1Amp 当たりの鎖交磁束数である」と定義した
ことにもなります。
また式(4.5)を式(4.4)に代入して鎖交磁束数
N.Φ(t)を消去すればよりなじみ易い電圧
v(t)と電流
i(t)の関係式を得ます。

Faraday のこの実験結果の発見は次の理由で歴史上極めて重要な大発見なのです。
✓ 電気から磁束を作ることができる(これはすでにOersted やAmpere が示していました)だけでな
く磁束から電気を作ることもできることを示したのです。電気と磁気が双方向の関係で共存してい
ることを初めて示したのです。 それまで別々の現象と考えられていた電気と磁気の現象が一体的
な電磁気として認識されて、科学的な意味での電磁気学の誕生となったのです。
✓ 一本の導体(単相コイル)のそばに磁石を近づけて動かせば電圧が発生する。また、その磁石を水車
などの機会仕掛けでくるくる回せば導体の端子間に交流の電圧が発生する。
科学者が人工的な電圧を得ようとすればボルタ電池(voltaic pile)を購入するしかなかった1831 年
にFaraday は「導体と磁石さえあれば人力あるいは機械力で磁石を動かすだけで簡単に電気を作る
ことができる」すなわち「発電Electric Generation」の方法を示したのです。 電気と磁気が科学の
対象だった時代から工学的対象としての発電電磁機械応用の道を切り拓く契機となったわけです。
さて、それではどのような電圧が得られるか? 1 本の導体(or 発電機のコイル)に接近してSN 極の磁
石を置き、それを角速度ω で回転させれば導体の両端に余弦波形の電圧
v(t)=Vcosωtが得られるのは
明らかです。1 本の導体と磁石、また磁石を回す機械的仕掛けを用意すれば発電(交流電圧
v(t)の発生)
システムが実現できるのです。 またこの導体をループ状にすれば(負荷を接続すれば)電流
i(t)がなが
れることでしょう。
Faradayはさらにすごいことを見つけています。彼は
第2の実験で「
二つのコイル1と2を近接して配置し、
コイル1に電源をつないで電流i1(t)を流すとその電流の作る磁束によってリング状
コイル2に電流i2(t)が流れることとその量的比例関係(図4.2)」をも言葉で示しました。
コイル1の電流
i1(t)によって磁束
Φ1(t)が作られる。
磁束
Φ1(t)は第2のリング状コイルを切る磁束
ΦM(t)(コイル1,コイル2の
両コイルに鎖交する磁束)と
コイル1のみに鎖交してコイル2に鎖交しない磁束(コイル1の
漏れ磁束)
Φleak1(t)になる。式で示せば次のようになります。

発電機でいえばコイル1はロータ、コイル2はステータですから
v1(t)はロータコイルの端子電圧、
vleak(t)は漏れ磁束による電圧降下です。
vleak(t)はコイルが疎に巻いてあれば増え、
ソレノイドコイルのように密に巻いてあれば減ることは明らかです。
次に、
ΦM(t)によって第2のコイル(ステータコイル)には起電力
ε2(t)が誘起されることになる。
コイル2がループになっておれば電流
i2(t)が流れることになり、また第2コイル電圧(発電機端子)の電圧は
v2(t)となる。
相互インダクタンスMは式(4.8b)によって定義される比例定数です。 コイル1,2を発電機のステータとロータに立てれば、式(4.7c)の右辺第1項
v1(t)はステータの端子電圧を示しており両コイル間のパワーの伝達には寄与する電圧である。右辺第2項
vleak(t)
コイル1は漏れ磁束による電圧降下分を示しており、両コイル間のパワーの伝達には寄与しない。
なおコイル1と2は相互に
Reciprocalな関係にあることは自明であるから式(4.8a)とのペアで次式も成立している。

さてこれでFaradayはこの第2の実験で
変圧器の原理をも発見したことになりますね。
ところでアメリカ人
Joseph Henry(1797-1878)も同年の1831年にFaradayとは全く独立に地震の実験室で同じ結論を得ています。
さらに40年も後のことを書き加えれば、
Maxwell はこのFaradayの詳細極まる実験記録に注目することによって1873年に「電磁波理論(エネルギーは真空中でも伝搬する。
エーテルは不要)」という世紀の理論を打ち立てるのです。 この話もいつか書きたいと思います。
4)実際の変圧器では
Faradayがおこなった第2の実験ではまだ鉄心は登場しません。この原理に鉄心を追加して二つのコイルに鎖交する磁束の量を飛躍的に増加させた
現在の変圧器が登場するのはさらに後年の20世紀初頭です。 ちなみにコイル1とコイル2の双方にリンクする磁束
ΦM(t)のことを変圧器や回転機の技術用語として
主磁束Main-fluxと呼んでいます。
コイル1で生ずる総磁束 から漏れ磁束 を除いたこのMain-flux こそが変圧器の1次コイルと2次コイル間(あるいは回転機のステータとロータ間の)のパワーのやり取りを仲介する磁束となるのです。
ところでQuizです。「鉄心内を通過する磁束はすべてMain-fluxである。YesかNoか?」
答えはYesです。 なぜならば1次コイルも2次コイルも鉄心にそれぞれ巻き付けられているので鉄心内磁束は必ず1次コイル電流とも2次コイル電流とも鎖交することになるからですね。
5)回路計算の視点に立てば
さて、電磁気学的な視点での考察は一旦打ち切って、
電圧・電流を計算する回路理論的な視点(変数としての磁束は消去されている)に立てば私たちは図4.3をイメージして至極簡単な次式を使うことができます。

上式において両コイルの漏れ磁束を無視すれば
L1.L2=M2となります。
変圧器設計者は漏れ磁束を極力減らすよう両コイルをできるだけ接近させて密に配置する設計上の工夫をしますが若干の漏れ磁束は生じます。そのために現実には
L1.L2>M2となります。

さて皆さん今回は途中で切るわけにいかないので長い話になりました。キャパシタンス
Cの概念が理論的に確立するのはこの時からさらに30年ほども後のことです。 この続きは次回のお楽しみです。
ところで皆さん、ここまでの話でNHKのち子ちゃんに叱られないで済みましたか?
(長谷良秀 2020-06-02)