電力技術理論徒然草 No.50 (長谷良秀) 
     
50回目の節目にあたり:ほとんど独り言


  ETAP News月報に私が徒然草第1号として掲載いただいたのは2020年の初夏でした。 後先考えず に三井さんに易す請け合いをして書き始めて以来、気が付けば丸四年で今回が50号です。 ほぼ毎 月1回のペースで書いてきたことになります。 はたしてどれだけの方に読んでいただけたのか? また多少は皆さんの役に立っていただいけているのか? 片道通行なので私にはよくわかりませ ん。 拙い中身ながらも印刷物の形で人様に読んでいただくとなれば曖昧・無責任なことを書くわ けにはいきません。 毎度書いたり消したり、読み返すたびに虫が出てき手又修正したり・・・と 短い文章でもそれなりに苦労はあります。 それだけに50回を重ねたことは執筆者として個人的に は一つのマイルストーンを通過したという達成感があります。

4年前の第1号の一部を読み返すと次のようなことを書いています。
  << エルテクス技術ではETAPの国内ユーザ向けにメルマガスタイルで折々の情 報発信をされており、私も毎号をe-mail添付で送っていただいている。 その社長三 井氏から「メルマガに1,000字程度以内のコラムを追加することとしたい。 ついて は執筆者として気楽に読めるコラムとして何かを書いてほしい」との話をいただいた。 三井さんの意図はETAP仲間が思い思いに発信し共有できる自由な随想コラムとして 定着させたいということらしい。 いわばETAPという糸でつながる技術屋仲間のさ さやかな交流の場と考えればその趣旨は大いに賛同できる。 そこで僭越ながらもそ の第1号原稿の執筆をお引き受けすることにした。
さて、コラム第1号として何かを書こうとして机に向かってみると、我が小さな頭の 中はこのところCOVID19パンデミックのことばかりで埋め尽くされて、このことに 触れずにそれ以外のことを書く気にはとてもなれない自分に気がつくのである。
  地球規模に隈なく広がる膨大な感染者・死者の数もさることながら、社会・経済の 営みが長期にわたり仮死状態になり先が見通せない。 見えない敵を相手の第3次大 戦といわれるのももっともである。・・・
  また仮に緊急事態宣言など極めて大きい社会的犠牲を払って数をある程度抑えこむ のに成功したとしても、第2波・第3波のことを考えるととても楽観的にはなれない。 もっとも簡単な等比関数式を思い出す。・・・>>

  こんなことを書いてその続きに理屈っぽい怪しげなコロナの等比級数展開式などを書い ていた。 世界中がパニック状態に陥り、日本でも死者が相次ぎ病院はパンク状態、そし て誰もが外出を恐れ逼塞状態、お店は閉ざされ、サービス業を始め沢山の経営者が廃業を 余儀なくされるお先真っ暗な時期でした。 疫病学会の尾身さんが毎日テレビに登場して リスクと対策としてのソーシャルデイスタンスを説いておられました。 そんな時にこの 連載を始めたのでした。 今、コロナはほぼ克服されましたが代わってウクライナの長期 戦争とそれに伴う世界の緊張と厳しい経済。 さらにパレスチナや東アジアの黄な臭い雰 囲気。 いつの世も人間社会は複雑で思うようにいかないことが続きます。

  さて、50号の感慨に浸るのはここまでとして、コロナのお陰で世の中Remote workがす っかり定着しました。“情報技術の進歩”の賜物でもありますがコロナの終わった現在もリ モートがすっかり定着しています。 人々のライフ様式が昭和・平成時代から令和時代へ すっかり変わりつつあることを実感することが多いですね。 この傾向が一極集中・地方 の疲弊とか出生率低迷など世の中の負の傾向を是正する一つのきっかけになればいいので すが・・・。

  そういえば、ETAPトレーニング。 気の向いたときにPCを開いてエルテクス月報を 検索し、さらにマウスを数回クリックすると英語・日本語でより取り見取りの解析テーマ 毎のETAP操作解説動画が並んでいます。 エルテクス提供の日本語版動画を開くと片山 さんが例の少し周波数ピッチが高くてslow and melodic tenorの名調子の語り口で懇切丁寧 に解説してくれます。 見たいときに見たい内容を動画で居ながらにして見ることができ ます。 これはありがたい。
  片山さんのETAP使用法解説を聞いていると、いや見ていると私もいろいろ勉強になり ます。「ああ、ETAPではこんな仕組みで計算しているのだ」とか「制御部のブロック図は ここまで等価しているのだ」、「パラメータこれこれも考慮してるのだ」などといろいろ勉 強させられます。ETAPがその裏側でとてつもない膨大な演算を瞬時でこなしていること もイメージできて感嘆します。

  ただ、その一方で「ETAPは強力な能力を秘めたブラックボックスでもあるなあ」とい う私の感想は今も昔も変わりません。何が云いたいかというと、やはり使うのは人間。 道具が高級になればなるほどボタンがありすぎて多くの場合操作する人の手に余ることに なって大変だと感じるのも事実です。 これはどこにでもある永遠のジレンマです。 た とえば、ロシアのスホイ戦闘機を知り尽くしたウクライナ人パイロットがアメリカのF16 に乗るためにはさらに1年かかるとか。

  ETAPを使いこなすためにはやはり電力システムの技術理論の積み上げも大切ですね。 ただしそういう技術知見が備わっていないとETAPが使えないと考える必要はない。 ETAPを使いながら技術理論の勉強をすればよいのです。 たとえば、ETAPで安定度計 算の使い方動画を拝見すると、発電機や誘導電動機の等価回路・回路定数・飽和特性・慣 性定数等々の設定項目、また励磁機やガバナーの精巧なブロック図(s-関数フローチャー ト)・制御方式の選択(即応励磁PSSの有無など)が現れます。その使い方はETAPアメリ カ本社の提供する動画や片山さんの動画であらかた知ることができますね。

  ETAPの計算に登場する様々なパラメータ設定項目にぶつかるたびにそれが何を意味 するかを平行して学べばよい。ただしETAPはその計算の背後にある理論を全部教えてく れるかといえばそれはノーですね。 ETAPは発電機や誘導機の等価回路を提供してくれ るけれども等価回路を導いてはくれません。制御ブロック図の負帰還回路に含まれるゲイ ンや時定数,不感帯などを示してくれますがその理屈を教えてくれるわけではありません。 これはETAPを使いながら自分で本などを教材として勉強して自分の知見を高めていくし かないですね。 ETAPは理論を教えてくれないが、理論を学んでいく絶好の機会を提供 してくれる。 そういうことだと思います。

  現代の道具はとびきり高級な機能を備えています。使い手が道具を使いつつ学んで道具 に負けない技術的な知見とスキルを備えれば「鬼に金棒」あるいは「勉強家にETAP」と いったところでしょうか。

  ところでちょっと脱線します。 過日久々に東京駅丸の内北口前のOAZOビルの丸善 書店に立ち寄ったら四階洋書コーナのEngineeringの棚の真ん中にデンと青色トーンの分 厚い本が一冊堂々と並んでいました。写真をご覧ください。
  その本のタイトルは次の通りです。
に乗るためにはさらに1年かかるとか。

Power Systems Dynamics with Computation-based Modeling and Analysis by Yoshihide Hase, Tanuj Khandelwal, Kazuyuki Kameda :Wiley 2020,January
https://www.wiley.com/en-us/Power+System+Dynamics+with+Computer-Based+Modeling+and+Analysis-p-9781119487449


  この本は縦横はほぼA4サイズ,厚さ6.5cm,重さ6.1kg,全37章1090頁定価200ドルで 少なくもボリュームは絶対に大著です。三人の共著。 共著者Tanuj Khandelwalさんはこ の本を執筆した2019年当時はETAPNo.2の副社長でしたが2022年にとうとうETAP社 のトップCEOになってしまいました。 この本では私長谷が技術理論を執筆し、Tanujさ んがETAPで使われているモデリングと計算 理論を執筆。亀田さんがETAP応用計算例を 提供されました。 2018~19年にかけてTanuj も執筆のため2度来日してくれました。 この本、200ドルで高価にもかかわらず海外ではそこそこ売れています。 日本国内では 宣伝もしてないし誰も買ってくれるとは全く期待もしていませんでした。 それでも丸善 書店が洋書コーナの狭いEngineeringの棚に並べてくれていたのは意外でもありうれしく もありました。

実は私は2013年にWileyから下記を出版しています。これは丸善出版で出版いただいた拙著ととほぼ同じ内容です。
Handbook of Power Systems Engineering with Power Electronics Applications
https://www.wiley.com/en-us/Handbook+of+Power+Systems+Engineering+with+Power+Electronics+Applications%2C+2nd+Edition-p-9781118443231

  私は二度の英語本出版の経験を通じて痛烈に感じていることがありますので脱線ついで に書きます。 それは題して{技術専門書に関する日本出版小国論}です。 丸善書店・ 三省堂・紀国屋などの大手の本屋さんの手狭な技術専門書電気/電力のコーナには3,000円 前後で類似のペラペラ本ばかりが並んでいて1万円以上の本格的な本はほぼ皆無です。と ころが英語圏では30ドル未満の本などほとんどなくてたいがいは100~200ドルの分厚い 本です。Wiley, Oxford, Dover など欧米の有力出版社のWebサイトを開いてみれば一目瞭 然です。 その一方で日本人は専門技術も日本語だけで学んできているので英語の専門 書を読む習慣は全く備わっていない。技術情報を日本語だけで吸収することが難しい時代 になっているのに非日本人は英語が苦手、英語本を部分的にでも読む習慣がない。これは ちょっと深刻な話ですね。 そういえば長年の歴史がある雑誌「電気評論」は昨年廃刊に なりましたし、オーム社の雑誌「OHM」も先月廃刊になったとのことです。 アメリカ 生まれのETAPに馴染んでいる皆さん。 辞書代わりに長谷/Tanuj/亀田共著本を辞書 代わりに一冊買ってみてはどうですか。ETAPの背後にある電力技術理論やモデリング理 論がしっかり描かれていますよ。 脱線が過ぎて最後は自己宣伝になってしまいました。 アハハハ

  今回は50回記念と思いつつつれづれに書き始めたところ雑談が結構長くなり最後は自著 の宣伝と出版界の話になってしまいました。 文字通りの徒然草雑談です。次回からはま た技術解説を続けるつもりです。 技術の話、まだまだつきませんので今後もお付き合い ください。 それから最後に皆さんにお願いです。 私の徒然草に関する感想や要望を皆 さんぜひエルテクスに書き送ってください。 これからもお付き合いよろしく。

(2024年6月20日 長谷良秀 記)
 
     
   
     
 
 
 
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