電力技術理論徒然草 No.51 (長谷良秀) 
     
電気技術解析記述法発展史:(その1)送電線のインダクタンス


51.1 はじめに
  コロナパンデミックスが始まった2020年初春に書き始めたこの徒然草、前回で区切りの50号と なり個人的には多少の感慨があります。 毎月1回のペースで書いてきましたが、たとえ 短い文章でも皆様に読んでいただく技術の解説、ややこしい中身をわかり易く表現する必 要があるし、間違っていては話になりません。 何度も書いたり消したりしながら書き進 めてきましたが、皆様から一定の評価をいただいているのだろうと勝手に理解していま す。 まだまだ皆さんにお伝えしたいことは色々あるし、これからも気持ちを新たにして 次のマイルストーンを目指して書き続けさせていただきます。 皆さんの声援をお願いい たします。

  今まで書いてきたことを少し振り返ると、電磁気の基礎となる電磁気量 v(t),i(t),φ(t) や抵抗 R・インダクタンスL・キャパシタンス定数Cの概念から解説を始めました。次に 電磁気回路理論に欠かせない7つ道具として複素数演算・ラプラス変換を利用する過渡回路 計算・対称座標法・故障計算、さらに αβ0 変換法・ dq0 変換などについて解説しました。 また、これらの手法を使ってより実践的な電力技術論として発電機や変圧器の回路理論を 詳しく解説しました。 さらに電力システムとしての安定度や PQV 特性・中性点接地方 式など、またAVRや方向距離リレーの理論などについて解説してきました。 電力・動 力システムを自分のライフワークとされる技術者の皆さんが結構苦労されるわかりにくい 理屈をできるだけ丁寧に説明してきたつもりではいますが果たして皆案の感想はいかがで しょうか?

さて、51回目からは何を書こうか? 技術解説としては送電線の回路定数とか誘導機やケーブル系 の理論、サージ理論や絶縁協調理論、パワエレ理論や様々なパワエレ応用理論などまだまだいろい ろ書きたいことが沢山あります。 その一方で電気・電力に関する技術的な発明・発見史や電気・ 電力技術発展史、さらには明治・大正・昭和(戦前・戦中・戦後)・平成の各時代において重要な役 割を果たしてきた電力会社や広範な産業メーカの変遷史なども面白いし皆さんに興味を持って読ん でいただけるのではないか。

そんなことを漠然と考えながら・・・とにかく次に書くべきテーマを今絞らねばなりません。そこ で“エイヤッ”と腹を決めてこのNo.51からは 複素演算法・対称座標法・ dq0 法・ αβ0 法などの記 述法がどのようにして生まれたかというような視点でいわば電気記述史について何回か解説してみ ることとします。 題して“電気技術解析記述法発展史”ということにしましょう。 中身的には私 が自著丸善本(2015)およびWiley 本(2013)のCoffee-break cornerで書き綴った連載コラムを下地にしつつ 筆の向くままに綴っていくこととします。 皆さんが既にご承知であろう話もそうでなさそうな話 も交えて気ままに書かせていただきます。 なにがしか関心を持って読んでいただければ嬉しいです。

さて、前置きが長くなりました。 早速に私長谷流の電気技術記述史を始めます。

51.2 電気の夜明け:先駆的役割を果たした19世紀前半の大科学者たち
  James Watt(1736-1819)の蒸気機関が産業革命の夜明けをもたらしたのが 1770年代. それ以来ヨーロッパを主舞台として,蒸気機関の応用が工場・鉱山などで急速に広がって いき,機械技術文明時代の幕開けとなりました。1868年が明治元年ですから1970年 代と云えばその約100年前のことです。アメリカでは1775年に南北戦争がはじまりました。

  Wattのsteam-engine登場より60年後の1830年に George Stephenson(1781-1848) による蒸気機関車が登場しました。 この二つの出来事は人類の中世的生存形態を 近代的生存形態に一変させる大きい契機となりました。 “人力と、権力者にのみ利 用が許される馬力”だけが頼りの時代から多様なエネルギー利用形態の現代に一大進 化を遂げる大変換、これはホモサピエンスにとって画期的なマイルストーンであったわけです。

  近代産業革命は蒸気機関の発明で幕が開けたわけですが、Watt の発明より30年遅れ て電気の分野でもWattの蒸気機関に匹敵する画期的な出来事がありました。 1800 年, Alesandro Volta (1745-1827)による 電池Voltaic-pile:ボルタの電堆)の発明で す。それ以前の時代においては、電気は手に取って観察することができないので雷現象と か物と物をこすり合わせることで生ずる静電気現象などに興味を持つ科学者の研究対象で しかなかったのです。ところがボルタの電錐によって電気を人工的に作って実験すること が可能な時代が到来しました。こうして18世紀には不思議な自然現象でしかなかった “エレキテル,電気”が19世紀前半には多くの科学者が自分の実験室で研究できる対象と なりました。 電気が目に見えない神秘的現象から徐々にではあるが計量可能な物理的 現象に代わっていくことになりました。さらに 19世紀後半に入り 1873年,James Clerk Maxwell(1831-1879)によって電気の電磁波としての本質が看破されます。明治初頭の時 代ですね。このころになると電信技術の形で電気の最初の実用化が実現し,やがて20世 紀の電灯照明,モータ動力への応用が後に続くことになります。19世紀後半は電気が理 学と工学の二つの道に分かれて次の 20世紀に向けて大躍進を開始する輝かしい時代とな っていきます。

  それでは電気の初期の理論構築の道を切り開く役目を果たした 19世紀前半の巨人たち の歴史を簡単に振り返ってみましょう。 その一番手は Coulombです。

  Charles Augustine Coulomb(1736-1806)は 1785年から 1791年にかけて電気と磁気に 関する 7本の論文を書いています。針金や毛髪のねじれ弾性を利用する非常に精密な「ね じれはかり」 (Torsion balance method)の仕掛けを作って,点電荷・磁気ポールに働く力 を測定しました。二つの電荷(あるいは磁気ポール)の間で生ずる力には引力(Force of attraction)と斥力(Force of repulsion)の二通りがあること,またその力の大きさは両者の距 離の二乗に反比例すること(F=q1・q2/r2)を実験的に導きました。クーロンの電荷法則 です。 また二つの磁気ボールの間で生ずる力についても実験し.その力の大きさは両者 の距離の二乗に反比例すること(F=m1・m2/r2)を実験的に導きました。クーロンの磁 気に関する法則です。 Coulombはさらに材料の導電性には必ず上限があり,理想的な導 電体などは存在しないことなどをも指摘しました。

  1800年には Alesandro Voltaボルタの電池(電堆)を実現し,電流を安定に得ること に成功しました。彼は安定な実用的電気を人工的に作り出した最初の人として記憶されま す。Voltaの安定した実験用電池がその後の科学者達に目覚ましい活躍の場を提供し,19 世紀の輝かしい電気科学史を築き上げたといえるでしょう。 Volta 電池は人類の科学史 上でWattの蒸気機関に比肩される大きい出来事でした。

Hans Christian Oersted (1777-1851)は電池と電線をスイッチで結ぶ回路を用意し,その スイッチをオン・オフするたびに電線の近くにある針磁石が振れることを確かめまし た。1820年のことです。彼は実験で電線を流れる電気が磁石を動かす磁気を作り出すこ とを示したことになります。電気が磁気を生む電磁気現象であることが初めて示されたと いっていいでしょう。



  次はAndre Marie Ampere(1775-1836)です。 Ampereは Oerstedの実験結果が報告 されたのを知ってその直後にその数学的説明に着手し,Oerstedの論文が発表された同じ 年,1820年の12月にアンペールの法則を発表しました。 2本の電線 a,bにそれぞれ 電流 ia,ib が流れているものとする。このときa線はb線の電流 ib によって力 Fab を受ける が,その大きさはb線の電流 ib がa線の場所に作る磁場の強さを求めてから,この磁場に よってa線の電流 ia が受ける力を計算すればよいと考えました。そのうえで回路の微小区 間の電流が生む力を区間積分することによって回路全体に働く力が計算できることを数学 的に示したのです。 アンペールの法則に則る計算式によって複数の平行導体相互間に働 く力や円形状コイルやソレノイドコイルを構成する電線に働く力の計算が可能になりまし た。Ampereは回路に流れる電流が磁束を生ずるだけでなく同時に機械力をも生ずること を明快に説明しました。また,Ampereの Circuit lawや Corkscrew rule(コルク栓抜き:右 ねじ法則)は電流と磁束はその一方が他方を作る関係にあり,いわゆる等価であることを も明らかにしたことになります。

  Georg Ohm(1787-1854)は今日我々がオームの法則(OhmʻLaw)と呼ぶものを 1825 年に発見し, 1826年にそれを数学的に説明した論文を発表しました。一般に材料の 2点 a,b間を流れる電流 i の大きさはその 2点に加える電位 vavb の差 Δv=va-vb に比例す るとしたのです。 オームの法則が抵抗とかインピーダンスという比例係数の概念を生む 出発点となりました。 なおOhm が翌年の 1827年に出版した電気理論の本は電気物理を 徹底的に数学的手法で説明した最初の本であるといわれています。この時代以前では物理 現象の数学的説明がほとんど見当たらない時代であったということでしょう。

  さて,Coulombから Ohm までの時代を通じて“電気と磁気が相互に関係するものであ る”ことと “電流が機械力を作り出す”ことは明らかにされました。しかしながら“磁気が電 気を作り出すこと”,さらには“磁気を(磁石を機械力で)動かせば電気力が作り出せるこ と”が明らかになるには さらに10年ほど後のFaradayと Henryの登場を待たねばなりませ んでした。

51.3 アンペールの周回法則について
  折角なのでアンペールの周回法則についてその要点を簡潔に(ただし現代の私たちが理 解する形式で)説明しておきましょう。
  図51.2(a)に示すように、導体ループ回路に電流 i(t) が流れると導体方向(電流方向でも ある)と直角面上に閉じた磁路(均一空間では円形磁路)からなる磁場が生じる。この導体 回路のループが非常に大きいとしてその一部を示したのが図51.2(b)です。 そして図 51.2(c)は電流方向に直角なある断面の往復導体の1方のみを示している。 この1本の導体 に電流 i=dq/dt が流れている。この時この導体の当該断面には +q電荷が造る電場E が生じる。そして「電荷 +q を起点として、導体表面から E 本の電場を束ねた 本の 電場束 (Flux of electric field)が空間に放射されて -q に向かう」と理解することができ ます。 電場 E は導体 +q から発して電流の帰路となる遠方の対導体の -q に向って空間 全体を電場として満たす。なお,導体の表面は同電位であるから導体の近傍空間では電束 は導体表面から全方向に均等な放射状の電場Eが発していると考えることができます。ま た、その E に直角方向に磁場(磁界の強さ) B が生じる。
  さてアンペールは考えた。図51.2(c)において導体から距離 r だけ離れたところに仮想同 心円筒空間(半径 r、長さ 2πr,軸方向には単位長さの円筒)をイメージするとその円筒上 には磁場の強さ B が発生じる。半径 r の同心円上のどの点でも磁場の強さ B は一律であ る。 また仮想円筒(ガウス面と云います)の半径 r をどのように変更してもその円筒を通 過する電場束の量(本数) は変わらないので、任意の仮想円筒上の磁場の強さ B は 円の長さ 2πr に逆比例して遠くなるほど弱くなるであろう。 したがって磁場の強さ B と電流 i は比例し、半径 r に逆比例するはずである。



Ampereは任意の空間について周回積分を使ってこの法則を導き出した。それを図 51.2(c)のような同心円に当てはめて説明すれば次式のようにも表現できる。


AmpereはOerstedの実験結果にヒントを得て、「電流iと磁界の強 B さが比例関係にあ る」ことを式(51.1c)で数学的に示したといえます。 もちろん現代の私たちはその比例 係数が透磁率 μ=μs・μ0であることを理解しています。



  さて、以上のことを現代の数式としてさらに加工して表現してみましょう。n 回巻の コイルに電流 i(t) を流すと磁束 Φ(t) ができる。 この状態は図51.2(c)で電流 i(t) が流れる導体が n 本束ねられて合計で n・i(t) の電流が流れていると考えても良いことに なります。 電流 i(t) を大きくすると磁束数 Φ(t) も比例的に大きくなる。 磁束 Φ(t) は電流を n 回切る(鎖交する:interlink)ので鎖交磁束数(linking flux)は n・Φ(t) となる。そして i(t)Φ(t) は比例するので 式で表わせば


式(1.6)はインダクタンスの定義式です。 インダクタンスとは Φ(t)i(t) の比例係数である。
なお、MKSA有理単位系では磁束数 Φ(t) を Weber[Wb]、電流 i(t) をAmpere[A]、イ ンダクタンス L を Henry[H] で表現するので実用単位として Henry=Wb/Amp の関係に ある。 またインダクタンスの定義を「電流1[A]が造る磁束数」と云い代えることもできます。
  なお、式(51.1a)で Bi はそれぞれスカラー値(向きのない絶対値)として成立してい ます。もしも式(51.1c)のように方向のあるベクトル値 として表現すれば、図 51.2(b)のように に対して は右ねじ方向に90度の関係にあるという規則性がある。 Ampereは両者をベクトル値として右ねじの法則をも見出したことになります。

  さて、式(51.2)により定義されたinductance L は一つのコイルに流れる電流 i(t) が作る 磁束 Φ(t) について述べているから私たちの言葉で言えば自己インダクタンスL11の説明 になります。なお、Ampereは電流を流す基となる起電力(あるいは電位差の概念)について も二つのコイルに関する相互インダクタンスL12(or M) についても全く説明していま せん。 これらの概念の発見についてはさらに11年後の1831年、Faradayの登場を待た ねばならないのです。

51.3 Ohmの法則とその現代的な理解。そして抵抗(resistance)とは
  ループ状の金属導体(抵抗体)に電流を流し込むと、その両端の電圧と電流には比例関係 が成立します。Ohmの法則です。


  Ohmは1825年に v(t)i(t) の比例関係を発見して式(51.3)として定式化しました。電 気的抵抗値resistanceは電圧 v(t) と電流 i(t) の比例係数として定義されていることになります。
さらに後の時代になって「電流 i(t) は電荷 q(t) の移動速度 dq(t)/dt である」という定義が加わりました。
式で書けば


  図51.3(b)の回路で、ループ状の金属導体に電源(起電力EMF:Electromotive force)を 直列に繋ぐと自由電子が導体内を移動し始める。 このことを通常は物理学でいう仕事の概念として「起電力 v(t) によって電荷 q(t) が移動させられる(起電力が仕事をする)」と 表現します。 そして「電荷の移動速度 dq(t)/dt を電流 i(t) と定義」しているのです。

なお現代、私達が使うMKSA有理単位系では v(t) をVolt[V],i(t)をApmere[A]、電気抵 抗RをOhm[Ω]で表現してohm=Volt/Ampとしているから式(51.3)で v(t) を単純に i(t) で割った値を抵抗 R としているわけです。
また q(t) をCoulomb[C]で表して Ampere=Colomb/sec としているので式(51.4)も余分 な係数が付かない単純な式になっています。
  図51.3aに示す抵抗器の電気抵抗 R は個々の機器or回路導体毎に異なる固有値(Ohm 値)です。電気抵抗は発電機にも線路にも負荷にも、およそ電流の流れるループの構成メン バーそれぞれに固有の定数値が存在することを我々は知っている。 図51.3はこのような 抵抗器(負荷)が電源電圧 v(t) に接続されてループ回路を構成する場合を示しています。も しも v(t)R が一定値であれば回路に流れる電流 i(t) も一定値となります。

  次に上述の各式(51.3)~(51.4a,b)を「電荷 q(t) が移動することによって仕事をする」と いう物理学的な観点から考えてみます。もしも小電荷 dq が小時間 dt の間に電圧源 v(t) か ら負荷抵抗に(回路上の任意の点aからbにでも良い)に移動したとすれば dq=i・dt, i=dq/dt であるから idq/dt に等しいことになる。 またこの時、電源が有していた potential エネルギー UdU だけ減ずることになります。すなわち
  電圧から負荷に移動するエネルギー(Discharged energy)dUは


  そして電気エネルギー dU の移動速度 dU(t)/dt電気パワー electric power P(t) と定 義されるのです。


なおMKSA有理単位系ではパワーは Watt = Joule/sec = Newton・meter/sec のように定義 されており、またその時間積分たるエネルギー U(t)Joule=Newton・meter で定義され ているから、パワー P(t) は単位Watt[W]で表現され、エネルギー U(t) の単位はJoule[J] または Watt・sec[W・sec]で表される。電源にpotential Energy (電位)として蓄えられ ていた dU は負荷抵抗 Rに移動して熱エネルギーに変換されて消費される。 このような dU は時間 dt の時間帯で消費されたエネルギーであり電気損 electric energy lossないし Joule loss というのです。





徒然草No.51について、書き始めた時は電気の発明・発見史あるいは電気記述史の視点 で概ね文章のみで綴るつもりでいましたが、後半は筆(正確にはkey-board)の勢いでやは り理論式を沢山登場させてしまいました。 電気プロの皆さんは発明人物史だけでは物足 りないでしょうからこれで良いとさせてください。
今回はここまで。 次回は巨人Faraday 、Henry などの登場です。

(2024年7月18日 長谷良秀 記)
 
     
   
     
 
 
 
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