電気技術解析記述法発展史:(その4) Faraday とLenz そして Biotと Felix Savart
前々回No.52では電気科学上の偉業を成し遂げたFaraday のミニ伝記と合わせてFaraday 法則につい
て解説し、またFaraday法則が実際に変圧器の理論として役立っている状況などについて解説しまし
た。また前回No.53ではGaussが流体は電気力線&磁束などに広く適用されるGauss面について概説
し、さらにGaussの電気則と磁気則について解説しました。 Gaussの活躍は概ね1820年代です。
1830年代に至り、Faraday& Lenz によって電気と磁気が可逆的相互比例関係にあること
が示されました。 この1830年代に電気と磁気が統合された理論となる電磁気学が新たな
科学として生まれたと云えるでしょう。 ただし電磁気学が一気に出来上がったわけでは
ありません。1830年代以降の時代において多くの物理学者・数学者によって実験を重ね、
あるいは理論構築が行われることで電磁気学は一歩一歩進化を重ねていきました。 日本
で言えば黒船前夜の時代ですね。この約35年間において電磁気学は数学的手法による厳密
な理論構築が進み、また工学的な意味での重要性を徐々に増していきます。そして遂には
1864年、Maxwellが電磁波理論を打ち立てることで電磁気学は更に新たなステージを迎え
ることになります。 1830年代、電気と磁気が統合された電磁気学が産声を上げた揺籃期と
もいうべき1830年代以降において見出された重要ないくつかの法則について少し丁寧に振
り返ってみることにします。
54.1 Faraday の法則
繰り返しになりますが、Faraday の法則を簡潔に要約すると次のようになります。
Faraday は実験的な方法で下記の法則を見つけました(1831)。
図54.1(学会p281)でコイルAとBが接近してにおいてあります。コイルAには電源が挿入
されており、コイルBには検流計Gが挿入されている。今、スイッチSを入れると電流i
が流れてGが振れます。ただしそれはAに電流が流れだした瞬間だけで、しばらくする
とGの振れはなる。次にSを開いてAの電流を無くすとその瞬間にまたG振れる。その際
Gの振れる方向はスイッチSを入れるときと切るときで逆方向になり、S閉操作の時はA
の電流と逆の向きに、S開操作の時はAの電流と同じ向きです。 Aを入り切りする度
にコイルBに起電力が生じて電流が流れる。 ただし入りと切りで符号が逆になる。
次に、Sを閉じたままでAをBから遠ざけると遠ざけつつあるときだけ(S閉操作のとき
と同じ方向に)起電力が生じる。 AをBに近づけると、近づけつつあるときだけ(S開
操作のときと同じ方向に)起電力が生じる。 コイルAとBに相対運動が有る時間帯だ
け(目に見えない磁束を介して)起電力が発生する。 コイルAの代わりに永久磁石
を持ってきてもコイルBには同様の現象が現れる。
このような起電力を誘起する(induce)する現象は後に
電磁誘導(Electro-magnetic induction)と名付
けられました。 Faradayが“電磁誘導の生みの親”と云われる所以です。Faraday によって実験的に見
出されたFaraday則は次のように要約して表現されます。
Faradayの法則: 「1つの回路に電磁誘導によって生ずる起電力はこの回路に鎖交する磁束数の減少
する割合に比例する」(1834)
この法則は右ねじの法則に則って起電力の向き(ねじの方向)と磁束の向き(ねじの回転方向)と約束し
て表現しているのです。 図54.1でスイッチSを入れるとBに鎖交する磁束は増加し、一方で起電力
はAの電流と逆向きすなわち負の起電力を生ずるとして上記のように簡潔に表現しているのです。
54.2 Lentzの法則
続けてLentzの法則について説明します。 図54.2を参照してください。 図54.1で「スイッチSを入
れるとBに鎖交する磁束は増加し、一方で起電力はAの電流と逆向きすなわち負の起電力を生ずる」
と記しました。 それゆえに、図54.2において磁束φが増加すると図の向きの起電力が生ずる。こ
の起電力によって電流が流れたとすると図の磁束φ′ができる。したがって次のように言い表すこと
ができます。
Lenzの法則:「電磁誘導によって生ずる起電力は、磁束変化を妨げる電流を生ずるような向きに発生する」
Faradayが「
一つの回路に生ずる起電力はこの回路に鎖交する鎖交磁束数の割合に比例する」こと
を見つけた。 その起電力の向きについてはドイツ人
Heinrich Friedrich Emil Lenz(1804-1865)が「
起
電力は磁束変化を妨げる電流を生ずるような方向に生ずる」ことを明らかにしました(1834)。
なお、Lentsは後年に「
誘導電流がインダクタンス(定義:磁束と電流の比例係数比例係数φ/i)に作
用すること」を説明しています(1847)。
ところで、起電力の大きさについてはハンガリー人Frantz Ernst Neumann(1798-1895)
が次式を見出しています(1845)。

なおNeumannについては相互誘導に関する工学的に重要な別の法則を提示しており、こ
れは次回に解説したいと思います。
54.3 ビオ・サバ―ルの法則:一般回路の電流と磁束密度の関係式の導入
電磁機械の設計に欠かせない電流と磁束の計算の基礎を与える重要な法則としてビオ・
サバ―ルの法則(
the Law of Biot and Savart)について解説しましょう。
Jean Baptiste
Biot(1774-1862)と
Felix Savart(1791-1841)によって示されたので二人のフランス人学者の
名前を冠してた法則として電磁気学の教科書に必ず登場します。
電流が作る磁場の大きさに関する一般式です。 電磁機械の鎖交磁束や漏れ磁束を計算す
る基礎を提供するという意味で工学的に極めて重要な法則なので少し詳しく解説を試みます。
ビオ・サバ―ルの法則を解説する準備段階としてまずは前回No.53で解説した中心点O
から距離xの移転Pを切る球表面(半径
x,表面積4
πx2)をガウス面とするモデルをイメー
ジします。これは一般の空間における電場と磁場の大きさを示す法則を導くための準備的
考察です。
準備考察:点O(電荷dqがある)から距離xの点Pにおける電場の強さdE
真空均一空間(誘電率
ε0,透磁率
μ0)の 或る点Oに電荷
dqがあるとして、点Oを中心とす
る天球(表面積4
πx2のガウス面)の一点Pにおける電場の大きさ
dEと磁場の大きさ
dBに
ついて考察します。
さて中央の点Oに電荷
dqがあるとしてガウス面(半径
xの球表面)の一点Pにおける電場
の大きさ
dEは次式のようになります。(前回の解説の式(53.4)などを参照)。

ここで線OPの距離
xは方向と大きさを持つベクトル距離

であり、また電場の大きさ
dE
はベクトル距離

と同じ方向を指し示すベクトル量

です。
dqはスカラー量です。距離
xをベクトル距離

として表現するとすればスカラー量
dq xはベクトル量
dq x
で書き換えられます。
したがって式(54.1a)は次式(54.1b)のようにベクトル表記式に書き換えることができます。

次に、中心点Oに
dqに見合う電流要素
idsがあるとイメージします。 もちろん
dqと
ids
には
(dq/dt)ds=i・dsの関係があります。 この時これより距離
xの点Pの磁束密度
dB(x)は次式のようになります。なおの
dB(x)の向きは距離
xと直角に交わる球ガウス面
の接線方向を指します。

さて予行演習として、球表面をガウス面とする場合の
dE,
dBに関する関係式の解説は以上です。
Biot&Savartの法則:一般回路の電流と磁束密度の関係式の導入
図54.4を考えます。電線に電流
i=(dq/dt) が流れています。図は電流ループの一部を切
り取って示しています。 電線上の微小部位Oで電線の長さ方向の微小距離
ds (電線の方
向を向くベクトル距離

)をイメージします。 そしてO点において電流の長さ要素

を「
電流要素」と定義します。(「電線の微小長さ
ds の部位において電荷が
(dq/dt)ds の変
化速度で変化している」ことになります)。今点Oのからベクトル距離

の点をPとます。
そして点Oの電荷
dq が作る点Pの電場の大きさを

とします。また点Oの電流要素

が
作る磁場の大きさを

とします。
点Pにおける電場の強さは式(54.1a)(54.1b)の場合と同じですから
dE は次式(54.3a) (54.3b)で求められます。
dE と
x と両者共に同一方向(OP方向)を指す値なので両者をベクトル値

と

で表現
しても

の関係が成立していますから式(54.3a)は(54.3b)のように書き換えが
できるわけです。 ここで電場の大きさ

はベクトル距離

と同じ方向を指し示す(位
相差
θ=0)ベクトル量です。

次に、図54.4で電流要素

がP点に作る磁場の密度
dB について吟味します。この時、
電流要素

は図54.4で電線方向(紙面内の右上方11時方向)を向くベクトルとして描い
ています。二つのベクトル

と

は紙平面内にあって両者の位相差をθとしています。磁
場の密度
dBは点Pで紙面を貫いて入る方向のベクトル

です。
そこで
ids・sinθ を“正味の電荷要素“と考えて距離

の点Pにおいて
xの球表面をガウス面
としてイメージすれば式(54.2)に代わって次式(54.4)が成立するはずです。
B が
xの関数であることを強調するために
B(x)としています。BiotとSavartが導いたビオ・サバールの公式です。
ところで一般論としてベクトルの内積と外積が次式のように定義されています。

と

のベクトル方向が角度θずれているので両ベクトルの外積として表現すれば

ただし真空空間の誘電率
ε0,透磁率
μ0 はMKS有理単位法で次のように定義されます。
ビオ・サバ―ルの法則(あるいは公式)の意義
ビオ・サバ―ルの法則(あるいは公式)の意義について要約します。 Ampereは円ループ
形状の導体回路に電流が流れている場合について生ずる磁束 φ の大きさを求める式を示し
ました。 円ループの微小部位の電流要素

を周回積分することで磁束 φ が求められる
としたのです。 ビオ・サバ―ル法則はこれを一般式に発展させて、任意の形状の電線
ループ回路に電流
i が流れる場合においてそのうちの任意の微小部位の電流要素

によっ
てそこから

だけ離れた任意の場所Pで創り出される磁束密度

(

) を与える式です。
ビオサバ―ル式(54.4a)(54.4c)は様々な形状のループ回路(ソレノイド・発電機・変圧器・
送電線・制御回路など)において,そのループを流れる電流が作る磁場の合計の鎖交磁束数
を計算するための基礎的な式となるわけです。 ビオ・サバ―ル公式は工学的な意義として極めて重要です。
54.4 直線導体に流れる電流iの作る磁場の計算
充分に(無限に)長いまっすぐな導体を流れる電流
i(上方向に流れている)が導体からの
垂直距離
xの位置に作る磁場の大きさをビオ・サバ―ル公式から計算してみましょう。
図54.5において,半無限長の電線の一点Oから距離
xの点Pにおける磁場の大きさを計算し
ます。このケースは送電線のインダクタンスを計算する基礎となります。
電線上の点Oから距離
sだけ上方の点Sとすると

となります。そしてO
Sの方向(

の方向)とSPの方向には角度差θがあります。 今点Oにおける電流要素
を
ids とすれば、点Sにおける正味の電流要素は
idssinθ となります。故に点Sにおける電
場の大きさはビオ・サバール式(54.4a)において距離
xの代わりに距離

で置き換え
た次式となります。

したがって、この直線導体に流れる電流
iによって点Pに生ずる全磁場

の大きさは式
(54.5a)を積分して計算できることになります。

点Oから距離x離れた点Pの磁束密度が式(54.5b)として計算できました。半無限長の直
線導体に電流iが流れている場合、そのどの導体断面においても導体から距離xの地点にお
ける次回の大きさは一様で式(54.5b)のようになることがビオ・サバール則によって証明さ
れました。
ところでこの結果は次のようにも解釈できます。 電線の点Oより上部の電流要素が作
る磁場の大きさと点Oより下部の電流要素が作る磁場の大きさは等量で互いに打ち消し合
う。 従って、点Oより
x離れた点Pにおける電場の大きさは直線OPの長さxを直径と
する円(半径
x,円周長さ
2πx)断面のみの現象として理解することができます。また磁場
の大きさ

はさらに電流に透磁率を掛け合わせた
μ0iを円周長で割った値となるのです。
この結果は送電線のインダクタンスの計算に直ちに応用できます。 この連載で近い将来
解説したいと思います。
54.5 円筒型鉄心に巻き込まれた(1次)巻線に流れる電流iの作る磁場の計算
もう一つ、実践的な計算例を紹介します。図54.6(a,b)に示すような円筒状の鉄心の中央に
導体(1次巻線)があり、電流
iが流れています。この場合の鉄心内に生ずる鎖交磁束数と
回路インダクタンスを計算します。

図54.6(b)のように電流
iが流れている銅線から距離
rの位置にある厚さ
drの微小円筒における磁場
の強さ
H(円の接線方向を向くベクトルです。)は

式(54.6)は①鉄心部位
(R1≤r≤R2,透磁率
μsμ0)でも鉄心の内or外
(r<R1,R2<r,透磁率
μ0)でも成立しています。ただし真空or空気中の比透磁率
μs-air=1 に対して鉄心の比透磁率は
μs≅1000 であるから実際の磁束は殆ど鉄心部位に集中します。

図54.6(b)のように鉄心(断面積:幅
b,高さ
h)内の、微小な(幅
dr,高さ
hの)断面積
ds=h・drからなる鉄心の微小円筒部位を考える。この微小円筒部位の磁束密度は
Bcoreであるか
ら断面積
dsを通る磁束数

は

なので

自己インダクタンス
L1(定義により
L1=φ/i)は

ここで上式の

は面積積分(sはsquareの意)記号であり微細断面積
ds = h x drにおけ
る磁束密度を面積分すると電流
iによって作られる鉄心磁束数
φが求められることを示し
ています。
補 足)面積積分と体積積分
ところで微細長方形断面
ds = h x drの縦長方向
hに沿って高さ
dhの微細な表方形断面
dv = dh x drを考えます。

今回も結構重い内容になってしまいました。 普段のエンジニアリング業務にはこのような理屈は
不要かもしれません。でもこういう理屈があるからこそ電気電力のエンジニアリングが成り立って
いるのです。 たまには頭の体操として理屈っぽいことも振り返ってみるのも良いと思います。
皆さん理解できるまで是非読み返して電磁気の工学的な理解を深めてみてはいかがですか。私自身
も毎度のことながらこの原稿を書き終えるまでに書いたり消したりを繰り返して10日間ぐらいかけ
ています。これを読んでいただく皆さんが多少の時間をかけて読み込む労を惜しんではいけません。
(2024年10月7日 長谷良秀 記)