電力技術理論徒然草 No.57 (長谷良秀) 
     
電気技術解析記述法発展史(その7)
19世紀電気技術史のクライマックス,Maxwellの登場(その1)


  昨年7月から電気記述史のこと、18世紀末のCoulomb、Voltaの時代から始めて19世紀 前半の時代の Ohm, Ampere, Faraday, Gauss, Neumann, Biot & Savary, Weber等々の先駆者 が達成した業績を駆け足で辿ってきました。とはいえ“電気記述史”と謳って始めたシリー ズですから、私なりに可能な限り“これら先駆者たちが達成した「自然現象を方程式的に記 述する過程」を解説する“という視点で書き綴ってきました。 いま、過去の何回かを読み 返してみると電気が“不思議な現象”だった18世紀末の時代から一変して19世紀前半時代 は、“数学的記述による物理科学の時代”が一歩一歩確実に築かれていったことが理解でき ます。 19世紀は真に現代科学・現代社会につながる大きいターニングポイントになりま した。 皆さんの多少の参考になったでしょうか。
  いよいよMaxwellの偉大な業績を説明する段になりました。ここで私は少々悩みを抱 えてしまいました。 Maxwellが1864年に発表した電磁波理論を短い頁数でかいつまんで 説明することはとても不可能なのです。 電磁波を説明するのに避けて通れない「 Maxwellの四つの方程式」というのがありますが、これらの式は電磁気学に関する厚手の 専門書でも長く難しい解説を終えた後の最終章あたりでようやく登場します。このような 内容を小さな連載の枠内で短くわかり易く説明することはいささか私の能力を超える難題 です。 さればとて、このMaxwell 紹介に限って方程式解説を省くのでは“中身の乏しい幼 稚なお話”になってしまいますから電気・電力技術の最前線で活躍される皆さんに読んでい ただく価値もありません。 私は色々思い悩んだ上で意を決して“Maxwell の四つの方程式 およびその結果として電磁波理論が生まれる過程について私なりの短くわかり易い解説”に チャレンジしてみることとしました。 2回、あるいは3回に分けての解説となりますが 皆さん、普段の仕事の息抜きとしてで結構ですからパズルを楽しむ気分でお付き合いくだ さい。 私としてはとにかくMaxwellの難所を超えない事には20世紀の記述史に辿り着け ません。 今回は“Maxwellの四つの式”の解説に集中します。 次回以降では四つの方程 式を解くことで明らかとなる電磁波の姿について解説し、さらに多少のMaxwellのミニ伝 記を記してみたいと思います。

57.1 Maxwellの四っの式
  Maxwell の四つの方程式は数学のベクトル微分法に登場する記号、“発散 div”と“回転 rot”を 使って式(57.1)のように表現されます。 この記号の解説もしますのでここでうんざりしない でお付き合いください。


四つの式はベクトル積分の記号を使って積分形式で次式(57.2)のように表現することもあります。


なお D0E および B0H の関係から Dε0E の、 また Dμ0H のどちらでも表記できますが、ここでは両方で示しておきました。
4っの式について順番に説明していきます。

57.2 divD = divε0E = Q : Gaussの電気則の説明
  No.53で解説したGaussの電気則を思い出してください。静止した電場について吟味しま す。xyz空間の起点(0,0,0)の位置に正電荷 Q (スカラー値)があるとします。 電荷 Q からは 電気力線が負電荷 -Q に向かって(MKSA有理単位法では) ε0E 本放出されます。ここで電荷 Q を取り囲む任意のガウス閉面をイメージしてその面の任意の微小表面積 ds から電束密度 D0E が外向きに通過します。 ただし微小ガウス面 dsE の法線 n と90度で直交交 差しているとは限らず、ds の有効面積(電束と直交交差する面積)は n・dsn の内 積: (cosδ)ds(cos)dsδ)となります。(図57.1参照)。 したがって微小ガウス閉面 ds を通過する 電気力線の数は ε0En・ds (あるいは Dn・ds)となります。したがって ε0En・ds をガ ウス閉面の全面積で積分した値は電荷量 Q と一致することになり、式(57.2a)が得られま す。再記すれば

式中の積分は微小面積dsの面積積分です。


  ところで解説No53では噴水口から噴水が湧き出す情景になぞらえて、電荷 Q から電気力 線 EE電束)が湧き出すこと、そして任意のガウス面を通過して外に向かう電束の総数 (一定時間に湧き出す水の総量)は不変であることを説明しました。 「電荷 Q を囲む任意 のガウス閉曲面を通過する電束(電気力線)の総数(式(57.2a)の左辺)量は不変であ り、(MKSA単位法で表現すれば) Q に一致する」。 結局、式(57.2a)は解説No.53で Gaussの電気則として導いた式(53.7b)と同じ式ですね。
  次には式(57.2a)が数学の発散(diversion)記号divを使って式(57.1a) divD=Q ように も表現できることを説明する必要があります。 divD は電荷 Q から電束 divD 本が湧き出て いることを意味する数学記号ですが、この説明は 備考57.1 で説明いたします。備考57.1を じっくり理解していただければ式(57.2a)の左辺 がより簡単な表記法 divD の ように表現できることが理解いただけると思います。
  さて式(57.2a)が物理的に意味することについて少し考察してみましょう。 散水に譬え るまでもなく静電場について次のような性質が明らかです。

  • 任意のガウス閉面内に存在する電荷 Q が存在するとして、Q から湧き出てガウス閉 面から流出(発散)していく電気力線(電束)の総数 divD (スカラー値)はガウス面を どのように選んでも変わらない。電荷 Q の位置が閉面内で移動しても変わらない。
  • ガウスの電気則は任意のガウス閉面において重畳の理が成立する。例えば 閉面内に電荷Q1とQ2が存在すれば

  • 閉面内に電荷 +Q-Q が両方存在すれば閉面の任意の微小面積 ds における電場の 強さは E1+E2 となるが E2 は負値となり相殺関係が成立する。そしてガウス閉面か ら流出する電束数と流入する電束数は同数となり相殺する。故に次式が成立する。

    ガウス面の中に電荷が無ければ電場は発生しない。
  • 任意のガウス閉面内の微小体積 dv に電荷 qi が分布して存在しており、その閉面の 全体積に分布する電荷の総数が であるとする。たとえば電気導体内(誘電 率 ε )にガウス閉面をイメージする。その平面内の任意の微小体積 dv における電束 ベクトルは ε・E であり、有効体積は ndv であるからガウスの電気則は体積積分で次 式のように表現することもできる。すなわちガウス則は「ガウス閉面の微小面積 ds を全面積で積分する 面積積分形式」および{微小体積 dv を全体積で積分する体 積積分形式}のいずれでも表すことができる。
  以上でMaxwell 4つの方程式の第1式,Gaussの電気式の解説を終えます。Gaussの電気則 はあくまで静電界(静磁界に関係なし)の姿を描く式です。いろいろの表現が可能ですが 最もシンプルな表記が divD=divε0E=Q 0divdivQε==DEということになるのでしょう。

57.3 divB = divμ0H = 0 : Gaussの磁気則の説明
  静磁場における Gaussのガウス磁気則 divB=divμ0H=0について説明します。
第2番目の式は、「任意のガウス閉面から外へ放出(発散)される磁束の総数 divB (スカラ ー量)がゼロである」ことを意味する式になります。
  静電場で一つの磁石が発する磁束数は不変です。そして磁石のN極から発した磁束は全 てS極に戻ってくる。 また1本の磁路はN極から出発してS極に戻るループを描くことにな り、途中で消滅あるいは枝分かれするなどで本数が増減することがない。
  ところで一つの磁石がつくる磁路は理論的には無限遠の遠くまで及ぶのでしょうが、実 際には磁場は遠くなるほど弱くなり、遠方には及ばない。そこでまずは一つの磁石を包み 込む非常に大きいガウス閉面を想定してみましょう。磁石の作る全磁路は閉面内に留まり 外にまで及ばないので大きいガウス閉面から流出・流入する磁束はゼロであり divB=0 で すね。
  次に磁石を包み込むガウス閉面を小さく選択してみます。 極からスタートする磁束 の一部分はガウス面から一旦流出するかもしれないが必ずまた流入して閉面内のS極に戻 ってくる。 したがって全体としてS極から発してガウス面から流出する量とガウス面に流 入する量はどの場合も同数となり流出量と流入量は相殺されて出入りはゼロとなる。 結 局いかなるガウス閉面を考えても次式、すなわちMaxwellの第2番目の式が成立するのです。



  上式を言葉で説明すれば次のようになります。(備考1参照)。
静磁場で 任意のガウス閉面をイメージしてその表面の微小面積 ds の電束密度は B であ る。 ただし微小面積 ds の有効面積(磁束と直交交差する面積)は nds であるから発散 (流出)する磁束数は B・ndsである。この微小面積 ds を全ガウス閉面で面積積分した はガウス閉面から発散する総量であり、数学記号 divB (スカラー値)のように表 記することもできる。 そしてすでに説明したように divB=0 である。 この式は勿論 次式のようにも書き代えできますね。


  この静磁場の式をスプリンクラーの散水に譬えるならば、「ガウス面内にスプリンクラー (N極)とドレン(排水溝:S極)がある場合」に譬えることができますね。 ガウス閉面 内にあるスプリンプラーから流出した水の一部はガウス閉面から流出するかもしれないが 再びガウス平面内の排水溝(ドレン)に戻ってくる。故にガウス平面から流出する水は差 し引きゼロです。 地図上でどのようなループ面を考えても divB=0 となります。

    次にGauss の磁気則についてその物理的な意味を少し考察してみましょう。
  • 電場においては電束(あるいは電気力線)は電荷 +Q-Q をブリッジ的につなぐ 電場が生ずる。 すなわち電荷 Q が種となって電場が発生する。 ところが磁場の 場合は磁力線(あるいは磁束)を生ずる種ともいうべき磁荷は存在しない。 式 (57.1b)はそのことを説明しているのです。 それでは磁場はなぜ発生するか? そ れは第3式Faraday則および第4式Ampere-Maxwell則に関係付けられて電荷 Q が電場 E と磁場 H を生み出すからです。
  • 磁場に関しても重畳の理が成立することは自明でしょう。たとえばガウス閉面内に 二つの磁石を想定することで次式の関係が成立しています。


    磁場においても電場のガウス則の場合と同様に微小体積 dv に微小磁場があるとし て、これを全体積で体積積分として表すことができます。 すなわち任意のガウス 閉面において、その全面積積分全体積積分のいずれの計算式での表現も可能で す。したがって式(57.3c)と同様の形式で次式のような表現も可能です。
  最後に、式(57.1b)がベクトル積分で表記した (57.2b)のように表すことも可能ですが、 その理由は電場式で説明した場合と同じ形式であるから明らかでしょう。
  以上でMaxwell 4つの方程式の第2番目の式,Gaussの磁気則の説明を終えます。

57.4 : Faraday則の説明
  第3番目の式は誘導電場と磁束の変化を関係付けるFaraday則の式です。突然に数学記号 の回転(RotationrotEが現れてMaxwellの4っの式で最も説明が難しいところです。“わ かり易く”を心がけますが少し我慢してお付き合いください。
  Faradayの法則を言葉で表せば、「ループ電線(導電線)を貫く磁束 φ が時間的に変化する 時、その変化率 dφ/dt に比例する大きさの起電力(電圧) U がループ電線に発生する」と いうことでした。 起電力 (Electromotive force )とは“電流を流す源となる電位差(電 圧)”を意味します。 Faraday は1831年にこの法則を発表しました。 そしてLenzが1833 年にこの法則を補足するレンツの法則電磁誘導によって生ずる起電力(電圧)は、磁束変 化を妨げる電流を生ずるような向きに発生する」を導きました。
  次いで1841年、Neumanによって起電力の大きさを正確に計算するノイマンの式(連載 No.54で説明しました)が示されました。すなわち「一つの回路と鎖交している磁束数が 変化しつつある場合には、鎖交磁束の減少率に等しい起電力を生ずる」という式です。現 代のMSKA有理単位法で表せば次式です。 磁束φ[Wb]を一つの回路と鎖交する全磁束数 とすると、鎖交磁束数の減少速度は -dφ/dt です。起電力U[V]として


  Faraday の大発見はLenz の符号的解釈とNeumanによる定量的解釈(定式化)が加わって U の比例関係が導かれました。 そして今ではMKSA有理単位法による表記によ り余分な係数が消えて式(57.5)として完成されたことになります。

  さて(57.5)はMaxwell四っの式の第3番目の式(57.1c) と似ていますが同一で はありません。 実は「Faraday式(57.5)をさらに電磁場の理論としてミクロ的に突き詰め て考察すると式 に辿り着く」ということになるのですがその平易な説明を試 みます。
  まずはMaxwell四っの式の第3番目の式を再記しておきます。 電場と磁場を結びつける重要な式です。


  この式を理解するためにはまず備考57.2による回転(Rotation) rotA ベクトルの解説を理 解してください。 そしてその要点を繰り返すと次のように説明できるのでした。
「ベクトル A がz軸方向にあれば rotAxy 平面で反時計方向に回転力として作用する回転ベクトル」である。
そこで上述の回転ベクトルに関する定義を EB の電磁場を示す図57.2(a)(b)に当てはめて示せば次のようになります。
  • 図57.2(a)ではベクトル rotEz 軸方向とすれば Exy 平面内で反時計方向に 寄与する回転力となる。 Exy 平面内で反時計方向に寄与する回転力とすれ ば rotEz 軸を向くベクトルであると云い代えもできる。
  • 図57.2(b)では rotBxy 平面内向くベクトルとすればベクトル Ez 軸方向を向くベクトルである。
回転ベクトルの定義に関する理解は以上の説明で充分でしょう。


  さて、式 の物理的な意味の説明に戻ります。図57.3(a)(b)は互いに同じ 図ですが図(a)では縦軸を磁束 φ として示しており、図(b)では縦軸を磁束の変化速度 dφ/dt として示しています。 dφ/dt は磁束が増加中であればプラス値、減少中であればマイナス 値となります。
図57.3(a)において、xy 面に収まっているループ導体に直交するように一様な鎖交磁束 (磁束密度B)が上(z軸方向)に向かっているとします。 ループに囲われたループ平面 (xy断面です)の微小面積 ds を通過する磁束は dφ=Bds です。 dφ=Bds をループで 囲まれた全面積で積分すれば鎖交する全磁束数となります。


  式(57.1c)の右辺ベクトルの について考察します。図57.3(b)では磁束が時間的に増 加しつつある状態を 示しているので は減少速度を示すことになります。ループ 導体の囲む xy 平面内のどの微小面積においても磁場の磁束密度 B は一様としているので磁 束の変化速度 も一様です。 今、このループ内の微小面積 ds に注目します。
  ループに囲まれたガウス閉面の任意の微小面 ds における磁束密度が B ですからその 面積内の磁束数は dφ=B・ds です。そしてループ内のどの xy 平面部位でも磁束密度 B とそ の変化速度 は一様なので円内の全面積で積分すれば次式が成り立ちます。


   をガウス閉面全体で面積積分するとループ導体に全鎖交磁束数の変化率 にな るというわけです。 当然のことです。
  次に(57.1c)の左辺 rotE について考察します。Maxwell 第三式では rotE は(と等 号で結んだ同一ベクトルとしているので)z軸方向を向くベクトルです。 したがっベクト ル Exy 平面で反時計方向を向く回転力として作用するベクトル」です(図57.2(a))。
譬えれば、「z軸を中心に回転してxy平面で回転トルクを発揮するコマ」を連想してくださ い。 「コマの回転軸ベクトルが rotE でその反時計周りの回転力ベクトルが E 」と見立 てることができます。rotEE回転ベクトルと呼称します。
  さて導体ループで囲まれた xy 平面内のどの微小面積 ds にも一様に回転ベクトル rotE が 存在します。 言い換えれば、「リング内(xy平面)のどの場所にも rotE による回転力が 一様に作用している」のです。 「電場の強さ E (ベクトル)で満たされた電場空間は rotE (ベクトル)で表される回転力を伴うポテンシャル場である」ともいえます。
  ここで次式で表されるストークスの定理を登場させて援用します。


  ストークスの定理式(57.7b)の左辺は rotExy面で作用する回転力を全面積で積分する ことを意味します。ところがループ導体に囲まれた面積を多数の微小面積に分割してみる と「隣接する二つの微小面積の隣接辺では回転力 rotE が互いに逆向きになって相殺され る」はずです。したがってループに接する微小辺の回転力 rotE のみが有効に寄与する力 となります。(図57.4参照)。 これがストークスの定理です。 結局図57.4で「ループ導 体に接する微小辺dlに作用する回転力 E・dl dl⋅Eだけがリングの起電力に寄与する」。従って 「回転力 rotE をループ内全面積で積分した値 はループリング(全長l)に接 する微小長さ dl のベクトル E・dl をリングの全長で線積分した値 に一致して次式 を得ます。


  となります。 そして、 はほかならぬループ導体に生ずる起電力Uそのもので すから次式も明らかです。


  さて、(57.5)(57.7a)(57.7c)(57.7d)の結果を整頓してみると一つの式として次式が成立し ます。


そして式(57.7e)の第3辺=第4辺という関係からMaxwellの第3番目の式 が必然的に導かれたことになります。

  さて以上の結果を要約してみましょう。 「電気回路に関するFaraday 式 が 成り立っているから電場式式 も成り立つ」とも云えようし、また「電場に 関する の関係があるから電気回路での の関係も成立している」 とも云えます。 「電磁場の任意の点(任意のガウス閉面)で成立する電場と磁場の関 係式 式と電気回路のFaraday 式 は等価である」ということです ね。 あるいは「電場と磁場の基本的関係 を電気回路理論としてマクロ的 に観察した結果が電気回路に関するFaraday 則 に辿り着く」ともいえますね。
  Maxwell四っの式の第3番目の式を電磁場におけるFaraday則として理解しているわけです。
  ところで、電気関係の現象はいつの場合も電磁空間に展開される電磁場現象です。た だ私達重電系の電気屋は普段は“電磁場を忘れて電気回路のみで“理屈をこねている感が ありますね。“導体に生ずる起電力と電流(電荷の移動)”にのみ注目して仕事をしてい る。 電磁場電気回路の関係から間違いではないですが、たまには広い電磁場に想 いを馳せる必要もあるでしょう。 少し話が脱線しましたが。

  話を戻して、この式 の物理的な意味についてもう少し考察をしておきまし ょう。図57.2(a)(b)および図57.3(a)(b)を見ながらゆっくり考えてみてください。
  • ループ回路がxy平面内にあるとして、このループを一様な磁束密度 B の磁束がz軸 方向に貫通していると想定する(図57.3(a))。 このような電磁場で磁束密度 B が減 少方向に変化すると微分ベクトル が生ずる(図57.3(b))。「Faraday則ではこの 微分ベクトル rotE が同一ベクトルであるというのだから rotEz 軸方向 を向くベクトルです(図57.2(a))。そして Exy 平面内で反時計方向に寄与する回転 力です。 z 軸方向を向く磁束密度 B が減少し始めると( が生ずると) 軸方 向のベクトル rotE が生じ、ループで囲まれた xy ループ平面の微小面積 dsに一様な 回転力 Eds を生ずる。 そしてこの回転力 Eds をループ内の全面積で積分して得 られる合計の回転力は(ストークスの定理を援用することで電線表面の微小区間に 生ずる回転力 Edl をループの全長で線積分した値に等しい。このようにして得られ た結果がFaraday 式の起電力 U ですね。
  • 結局、「磁束密度 Bz 軸方向に向かって存在し、それが時間変化すると xy 平面に 電場 E が発生する」ということになるのです。 「z方向に生ずる磁場 Bxy 平面 に存在する電場 E は空間的に直交関係にある」。そして「ベクトル E はベクトル B を回転軸として回転するコマの回転力のように寄与する」。 「一つの電磁場の全 空間で BE は直交関係にあり磁路と電気力線は直交する」ことを説明している ことにもなります。
  • z 軸を向く磁場ベクトル B (丁寧に言えば磁場の変化速度ベクトル )がそ れに直交する xy 平面に電場 E を生み、回転力として作用する」。 この事実を電 場 E を基準に説明すれば「電場ベクトル E (あるいはその変化速度ベクトル ) はそれと直交する平面に磁場 B を生じて作用する・・・」というイメージが浮かん できます。 これは次に説明するMaxwellの第4式の発想に繋がっていく示唆ともな ります。

57.5 : Ampere-Maxwell則の説明
  図57.2(b)を眺めながら第4番目の式の説明に入りましょう。Ampere-Maxwellの式を再記 しておきます。


  1820年のことです。Oerstedは回路がスイッチオンして電流が流れ始めるとその瞬間に そばに置いた磁針が振れること、またオフにすると電流がなくなる瞬間に磁針は逆方向に 振れる実験結果を論文にして発表しました。 この実験に触発されたAmpereは磁束と電 流を関係付ける理論を同じ1820年12月に発表しました。 徒然草No.51でも解説しまし たが彼が考えた思考モデルについて再度簡潔に説明します。

  Ampereの考えは次のように考えます。「ループ導体に電流が流れており、この電流を取 り巻く空間には磁針を動かす何かの流れ(磁束のことです)があるだろう。 そしてループ 導体に流れる電流とループ導体を貫通する磁束には比例関係があるだろう」と。 そこで 静的な状態においてループ導体の長さをl 、ループの囲む面積をS とし、導体に流れる電 流をiとし、またループを貫通する磁束数をϕ、磁束密度をBとします。 Ampereにはこ のようなモデルにおいて、電流と磁束にに関して静的な比例関係があるだろうと考えたの でしょう。



ごく自然な考え方ですね。この考えの中には「導体電流ループと貫通磁束ループには交差 関係がある」という概念も当然含まれていますね。
上式の概念を今様に言い換えれば次のようになります。 ループ導体電流に囲まれたガウ ス閉面内の微小面積 ds の磁束密度 B とする。有効面積は nds であるから通過磁束は B・nds である。したがってこの微小面積の磁束を面積積分した値は電流に(MKSA有理 単位法に従えば)一致する。



これはAmpereの式です。

  さてそれから40年以上も後の1864年頃のことです。 Maxwell は式(57.8b)の右辺に を追加してこの項を Displacement current(変位電流) と称しました。 この追加項 に関する説明を以下で行います。



図57.4を参照してください。
  「回路に平面電極対(キャパシタ)が直列接続されている場合、導体には電流が流れて も電極対で挟まれた空間(真空空間)には媒体がないのだから電流が流れるはずはない。 真空中ではパワーやエネルギーは伝わらない」。これが当時の常識でした。しかしながら この平面電極対 AB の間には電荷 ±Q があり(平面電極ですから)一様電場 E が生じてお り、また AB 間には電位差が生じている。 すなわち次式が成り立っているでしょう。


AB 電極間が一様な電場なので電極間の距離を S として であることに留意して上 式を時間微分の形式で書き代えれば


Maxwellは電極対間の電位の時間変化速度に相当するあるいはを変位電流 (Displacement current )と命名しました。 idisp と書いておきます。
後世の私たちはMKSA有理単位系により次式で定義されるキャパシタンスCといい定数 概念を新たに定義しています。


そこで式(57.9c)を現代風にさらに書き代えれば


現代の私達はMaxwellが変位電流と名付けた idisp にキャパシタの電極間距離 S を掛けた idisp・S⇒i を「キャパシタ C にも導体部電流と同じ電流i が流れる」と理解し、またキャ パシタ電流 などと表現していることになります。Maxwell の変位電流と私たち の使うキャパシタ電流は idisp・S=i の関係にあり本質的に同等の概念であることが理解でき ます。
結局、私達の電流の単位は [A] であり、Maxwell の変位電流の単位は [A/m] という違いは ありますが電極空間の“電位の流れ(current)”であることにかわりはありません。 Maxwellが あるいは をDisplacement currentと名付けた理由が理解できます。 日本語では変位電流と訳されましたが、俗な現代用語?で云い代えれば“変身電流”という ことですかね。
  さて、話をもとの式(57.2d)or(57.1d)に戻します。「導体部の電流 i は磁場を作るが、電 極対を流れる変位電流 も磁場を生じ磁束を生ずる」とMaxwellは考えました。 Ampereは「電流 i が磁束を造る」と説明しましたが、Maxwellは「Ampereの電流iに変位 電流を加えた が磁束を造る」と考えた結果がMaxwell四つの式の第4番目の式 (57.1d)なのです。 ですからこの式を今ではAmpere-Maxwell式と称すわけです。

  実はこの修正項 が加わったことがMaxwellの電磁波理論導出に繋がる重要な発想 になったのですが、それは次節で説明します。 なお、式(57.2d)が式(57.1d)のように書 き換えできることは既に第3式で回転Rotationを含む式の意味について説明しましたので これ以上の説明は不要でしょう。

  電場と磁場の関係を示す図57.2(a)(b)は対の図です。私の手作りであまり上手な絵とは 言えませんが、 E および 方向、そしてそれと直交する B および の方向が図 (a)(b)で同じ方向に描かれていることにも留意してください。 備考57.2 で解説する回 転(Rotation)ベクトルの意味をじっくり理解していただければ図57.2(a)(b)で描かれる 電場と磁場の相互関係がだんだん見えてくるはずです。 電磁空間の任意の点 P において 図57.2(a)(b)の関係が成り立っているわけですから本当は両図を重ねて一つの絵として示 したかったのですが複雑な絵になってしまうので諦めました。 いつかきれいな立体鳥観 図?として描いてみたいなあと思っています。 誰かお手伝いしていただけませんか?? アハハハ

57.6 Maxwellの変位電流、そして四つの式の意義について
  私達は四つの式(57.1a,b,c,d)を纏めて“Maxwellの方程式”と称していますが、Maxwell自 身がこの4っの式を整理整頓して示したわけではありません。 第一に彼の時代以前には 電気・磁気に統一単位はなかったし、そもそも「 (媒体の存在しない)真空中に、“ある種 の物の流れ”が存在することなどありえない」と信じられていた時代です。Maxwellは Ohm, Coulomb, Gauss, Ohm, Ampere, Faraday, Weber等々の人々がそれぞれに設定された 条件のもとで導いた電場の式・磁場の式・導体回路の式など十個ほどの式を繫げぎ合わせ ながら思考を重ねて電磁波理論に辿り着きます。 そして後の時代になってMaxwellが使 った多数の式の意味的な重なりを削いで必要十分な形に整理整頓された姿が今私達の知る 「Maxwellの四つの方程式」です。 この整理整頓に大きい役割を果たしたのはHeaviside ですが、それについてはまた別の機会に記したいと思います。

  さて、四つの式について全体としてその意味するところについて考えてみましょう。 Maxwellはいわば“空間電流”ともいうべき変位電流 を導入しました。何しろ科学 者の多くがエーテル探しに没頭していた時代ですから「何もない空間に或る種の流れを考 える」こと自体が破天荒で当時の科学界の常識をぶち壊す発想でした。 そしてこの変位 電流項 こそが科学史上の重大な出来事につながっていったのです。

  式(57.1a,b,c,d)を変数式として全体として観察してみましょう。第1式は電界 E につい て、第2式は磁界 B について述べているだけです。 ところが第3式と第4式はそれぞれ に EB を関係付けていますから、いわば2変数連立方程式であるといえます。 従って E=...,B=... のようにそれぞれ時間関数としてと解くことができるのです。 1864年、 Maxwell はこの連立方程式の解を求めることで「 EB をそれぞれ時間関数として可視化 」しました。さらに「 EB が不離一体で空間を同じ速度で伝搬する波」と考えられる ことを数学的に明示したのです。 電磁波の理論的予言です。 もしも第4式として Maxwellの変位電流 の項が含まれていないとすれば( E を含まないAmpereの式の ままであったとすれば)、E, B を関係付ける式は第3式のみであり、E, Bをそれぞれに 時間関数といて可視化することはできなかったであろうということになります。

  さて今回はMaxwell 四つの式のそれぞれについて私なりに解説を試みました。 次回は Maxwell の四つの方程式を連立方程式として解く過程を紹介して、さらにMaxwellが成し 遂げた世紀の大仕事「E, B を電磁波の姿として可視化する」過程を辿ることを試みます。

  なお、文末に掲げる発散 div ,回転 rot 等の一連の式は電磁気学というより解析幾何学の 「ベクトル場の理論で登場するベクトル微分に関する式」です。 文末の備考はそのエッ センス部分だけを書き出したものです。発散 div ,回転 rot 等はベクトル微分解析として理 系の大学では必ず習いますが技術系の普段の仕事にはほとんど不要なので食べず嫌いにな ります。 しかしそれほど難しいことではなく判ってしまえば至極当たり前の理屈です。 電磁波の姿を理解するには 備考57.1備考57.2 の説明だけでほぼ充分と思いますが、な お物足りないと思う方はぜひ専門書を参照してください。

備考57.1 発散 Divergence divAについて
まずは発散の divA 定義を示します。空間中の点 O を起点として xyz 直角座標で示される ベクトル場を A(Ax,Ay,Az) と表すことにします。 或る点 (x,y,z) にはその点に対応し て大きさと方向を伴うベクトル値 A(Ax,Ay,Az) があるというわけです。 例えばスクリ ンプラーから散水される状態、水中の水の流れ、空気の流れ(風)などであるかもしれ ないし、電場 E や磁場 B であっても良いわけです。

そして座標 (x,y,z) におけるベクトル値 A(Ax,Ay,Az) に対して次式を定義します。

(発散,divergence)の定義式(スカラー値)



  なお divA はナブラ記号 A(Ax,Ay,Az) の内積の形とも一致する ので divA∇・A と表すこともあります。


  或る“流れ”のある xyz 空間の任意の点 P(x,y,z) にその流れの強さ A(Ax,Ay,Az) をイメー ジします。流れとは水,空気、電場、磁場などであり,任意の点において流体の大きさと方 向を伴うベクトル場です。 図57.6で点 P の座標は (x,y,z) です。点 P から各軸の方向に微 小な距離 Δx,Δy,Δz を辺とする正六面体をイメージする。今点Pの (Δy,Δz) 面でx方 向に流れ込む流速(単位時間内の流量)を Ax とすれば (Δy,Δz) 面から x 方向に流れ込 む流量は Ax・Δy・Δz です。次に点Qで (Δy,Δz) 面から x 方向に流れ出る込む流速は Taylor展開の1次近似で となりますからこの面からの流出量は です。 差し引きすると、x 軸方向に だけ流量が 増加しています。 全く同じ理屈でy軸方向の流量増加が 、また z 軸方 向の流量増加が となります。
以上のことから点 (x,y,z) おける流量に対して点 (x + &Deltax,y + &Deltay,z + Δz) において下記の 流量増加となります。


そして Δx・Δy・Δz は六面体の微小体積であり、この体積で割り算した式(57.x1)の定義式 divA流体の微小単位面積当たりの流量増加を意味するのです。divAは「単位体積当 たりの流れを作る物体(例えば水,電荷など)の増加量」ですから勿論スカラー量です。 或る流体の xyz 空間の任意の点Pの流体の状態が A(Ax,Ay,Az) (ベクトル値)であるとし て、divA はその流体が点Pにおける「流出量と流入量の差、すなわち湧出量(スカラー 値)」を意味します。 したがって divA=0 であれば湧出量がない(スクリンプラーがな い)ことを意味し、divA=Q であればガウス閉面の内部に大きさ Q の湧出源があること を意味しています。
電場に関する式 divD=divε0E=Q の意味はもはや明らかです。 電場空間の任意の 点 P(x,y,z) に電気力線 E(Ex,Ey,Ez) があります。点Pを通るガウス面の内部のどこかに 電気力戦の種となる電荷 Q が存在するからです。
磁場については式 divB=divμ0H=0 です。 磁場には“磁荷”はないから当然です。で は磁場はなぜ存在するか? 磁場 B は電荷 Q によって電場 E と共に双子の E, B として 作られるわけです。

備考57.2 回転 Rotation rotAについて
Maxwell四つの式の第3、第4式に登場する回転 Rotation rotE および rotH について 解説します。 ベクトル微分解析の基礎の一つです。図57.5を念頭に置きながら読み進 んでください。

  或る“流れ”のある xyz ベクトル空間をイメージします。の任意の点 P(x,y,z) における流 れを示すベクトルを A(Ax,Ay,Az) で表します。流れとは水,空気、電場、磁場などであり, 任意の点において流体の大きさと方向を伴うベクトル場です。 まずは定義式を示します。
(発散,divergence)rotAの定義式(スカラー値)


式中の k1k1k3 はそれぞれ (x,y,z) 軸方向で大きさが1の単位ベクトルです。
Az 方向を向くベクトルとします。この場合 Ax=Ay=0 ですから A(0,0,Az) です。
そして rotA は次式のように簡単な式になります。


Az 方向を向くベクトルとする場合、rotAxy 平面にのみ作用して z 方向には作用し ない)ベクトル値となることがわかります。Az 方向のベクトル値であると rotAxy 平面に存在するベクトル値となるわけです。 ArotA は直交関係にある事が判りま す。 rotA は任意の空間 (x,y,z) において z 軸方向を軸として回転するコマ A の回転力 (回転接線方向を向く力:xy平面に作用する力 )に相当するベクトルとして作用します。
  さてrotAxy 平面に働く力であることが分かったので図57.6のように xy 平面の一点 P(x,y) に正方形の微小な板が平らな水面に浮かんでる状態をイメージします。 水の流 れがあれば水面の板(辺の長さ Δx=Δy とする)には回転力が作用します。回転力の計 算をしてみます。 図57.7で板の中心点 (x,y) に作用する回転力を A(x,y) と表すことに します。 するとこの回転力(回転の強さ)は図に示す四つの回転力の合計値であること が理解できます。 第1の点 に作用する回転力 は上向き(y方向) でその回転トルクは辺の長さ Δy に比例して です。 この1次近似値を 求めると次式になります。


同様にして次式を得ます。


上式四つの回転トルクは①と➃が反時計周りに寄与し、②と③が時計周りに寄与するこ とに留意してこれら四つの回転トルクの合計値(①−➁)+(−③+④)を計算すると


そして Δx・Δy は微小正方形の板の面積ですから上式を Δx・Δy で割れば xy 面内に生ずる 単位面積当たりの回転力として次式を得ます。


Faradayの式 の意味は「(MKSA単位系で右ねじの向きを正回転として) 磁束密度 B が変化すると( が生ずると)電場 E が生ずる。ただし E の回転ベクト ル rotE と同じベクトルになるのであるから、電場 E は磁場 B の磁路に対し て直交する方向に回転電場として現れる。 図57.5(a)は で表される電場と 磁場の関係を示しています。 同様に図57.5(b)はMaxwell-Ampereの式 で表される電場と磁場の関係を示しています。


備考の説明は以上です。
皆さんお疲れさまでした。 次回はMaxwell 四つの式を解きますよ。

(2025年3月15日 長谷良秀 記)
 
     
   
     
 
 
 
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