電気技術解析記述法発展史(その12)
62.1 20世紀,国際統一単位系成立への道程
前回No.61では19世紀初頭の時代から20世紀初頭の時代までを中心に電気や熱に関
する単位法が徐々に形成されていく過程を見てきました。今回も前回に続いて電気の
単位系に関する歴史を振り返ります。
表62.1の単位に関する一覧表を見てください。電磁気学に関する本格的な本ならば
単位系に関する解説があり、また総覧表が提示されています。 今日ではWikipedia等
でも見ることができます。 表62.1は電気学会大学講座出版の「電気磁気学(初版
1950年,第3版2002年)」より引用させていただきました。
現在の私たちは[
m],[
kg],[
sec]を基礎単位としてこの表62.1に登場する「
MKS有理
単位系(MKS rational unit system)」によって電磁気学を論じています。 実は19世紀
以来1960年までは[
cm],[
g],[
sec]を基礎としてCGS有理単位法と云いましたが,1960
年に
SI国際単位系(SI:Systeme International d‘Unites)が正式に導入されてからは
[
cm],[
g],[
sec] に代わってより実社会の営みに近い寸法[
m],[
kg],[
sec]を基礎とするこ
とになりました。 もちろん両者は長さと質量に関する桁の読み替えだけですから本
質的には同じ単位系と云ってよいでしょう。 現代の私たちは電磁気学理論を表62.1
の左コラムに示された
MKS有理単位系によって扱っています。 有理単位(Rational
unit system)は
Olivar Heaviside(1850-1925)が1882年頃に提唱した単位法です。有
理単位法は後述するように非常に優れた特徴・利点がありますがHeaviside の提唱後
の長い年数棚ざらしになってしまいました。 1930年代になって物理科学・電気科学
の科学者によって普及し始めましたが正式に採択されたのはなんと1960年なのです。
第1次大戦(1914-18)、第2次大戦(1939-1945)を挟んで20世紀前半時代は戦争と混乱
が続いて単位に関する国際協議など不可能だったからと云えるでしょう。
62.2 MKS有理単位系とは
さてそれでは
MKS有理単位系とはどのような単位系であるかについて平易な解説を
試みます。 まずは電気・磁気に関するクーロン式, ガウス式, アンペール式などが有
理単位系と非有理単位系でどのように表されるかを比較することから始めます。次表
をご覧ください。

さてここで有理単位系が存在しなかった過去にタイムスリップしてみましょう。
まずは1785年~1791年の時代に
Coulomb(1736-1806) が見つけたクーロンの法則につ
いてです。Coulomb は二つの電荷が距離
rを隔てて置かれている状態で両電荷に働く引
力or斥力
F が
Q1,Q2 の大きさに比例し、距離の二乗
r2 に反比例することを実験の結果と
して明らかにしました。 式で表せば
F∝Q1・Q2/r2 という実験式です。 磁荷に関し
ても同様で二つの磁荷に働く引力・斥力が
F∝m1・m2/r2 で表されることを実験的に求め
ました。ただし当時はニュートン力学の基本式
F=m[m]xα[m/sec2 など力Fに関連す
る長さL,質量M,時間Tの単位は(地域によるローカル単位として)既に存在していた
でしょうが、電荷
Q や磁荷
m には単位の概念など存在しません。したがってこれらの
式を比例記号 ∝ と等号=のどちらで結んでもさほど問題はなかったでしょう。 1845年に
William Thomson(1824-1907) が誘電率
ε0,透磁率
μ0 の概念を提唱することになってクー
ロン式は静電磁場の式

,静磁場の式

のように修正して表現される
ようになっていきました。 さらに時代は下って
Olivar Heaviside(1850-1925)が
1882年に有理単位系を提唱することになります。 この有理単位系に従がへばクーロ
ン式はわざわざ

,

などと表すことになり、係数4πが形式
的に加わってかえって複雑な式になりますね。
次にガウス の電荷式についてみてみましょう。ガウス の電荷式は
Karl Friedrich
Gauss(1777-1855)が1840年ごろに思考実験で理論的に導いた式でした(No.53)。復習し
てみましょう。
真空空間(誘電率が
ε0)の1点に点電荷
+Q があるとします(No.51)。
+Q からは電束
が全方位に均等に放出されます。電束の行き先は無限遠の天空に均等分散する電荷
-Q で
す。点電荷
+Q から距離
r の点を切る球体ガウス閉面(表面積
4πr2です)をイメージし
ます。 点電荷
+Q から発する電束は全方位に一様に放出されるはずですから、球ガウス
閉面のどの点でも電界の強さ
E および電束密度
D は一様で理論的に次式となるでしょう。
なおGauss時代には存在しなかった実用単位を付して記しておきます。

もちろん当時のガウス式には誘電率0εは含まれていなかったでしょうし、科学者が共有
できる単位系は存在しない状況です。したがってGaussは理論考察の結果として
c と

いう関係を見つけたのですが、いわば自己流の単位で等号で結んで

としたかもしれません。 ガウス式は彼の思考実験式であり、球の表面積が
4πr2 という事実から係数
4π が自然に含まれていたといえるのではないでしょうか。
ガウス式
E に関する限り

とするCGS静電単位系より

とする有理単位
系の方が理にかなっているように理解できますね。クーロンの実験式とは事情が少々
異なっていたといえるでしょう。
次にAmpere(1778-1836)が導いたアンペールの式についてはどうでしょう(No.51)。
z 方向に向かう直線導体に電流
i が流れているとします。導体(半径
rcond)には同心円状
の磁束が生じます。今 xy 断面で導体から距離
r の部位に位置する長方形微小面積
ds(=1dx=×)
をイメージして、そこを通過する磁束数
dφ (磁路長は
2πxです),磁束密度
D,磁場の強さ
H とすれば理論的に次式が導かれます。

Ampereの時代には透磁率
μ0 の概念もありませんが、思考実験的に導かれる磁束密
度の式

には自然に係数
2π が含まれるということがいえますね。 理論的に
導かれる式では
2π を含まない非有理単位系の

より有理単位系の

の方
が理にかなって理解しやすい式といえますね。
さて、ガウス式やアンペール式に見られるようにMKS有理単位系による基本式では
4π,
2π などの係数が付いてきますが理論構築上は非有理単位系より優れていると言え
そうです。
ただしHeavisideが有理単位系を提唱した理由はそんな単純な理由によるものではあ
りません。1870~1880年代前後の当時に徐々に普及していった静電単位と静磁単位(
もちろん非有理単位系です)には決定的な矛盾が生じてしまっていたのです。
1881年前後の時代を振り返ります。Thomson は真空空間の誘電率を
ε0=1として一
般空間の誘電率を
ε=εs・ε0で表すこと、また真空空間の透磁率を
μ0=1として一般空
間の透磁率を
μ=μs・μ0と表すことを提唱しました(1845年頃)。この概念は19世紀
後半には徐々に定着していきます。この考え方がその後の科学界で普及していき、誘
電率
ε0=1 とする
静電(非有理)単位系および透磁率
μ0=1とする
静磁(非有理)単位系の
原点といえるでしょう。 両者は互いに別個の単位系です。それでも19世紀半ばの時
代には静電現象と静磁現象を別個に扱う限り特段困ることは少なかったかもしれませ
ん。 しかしながら電気と磁気を結び付けて扱う電磁工学的ニーズが強まってくると
静電単位と静磁単位が別々では都合が悪い。 そして決定的に不都合な状況が生じま
した。それはMaxwellの電磁波理論の登場です。
画期的な電磁波理論がJames Clerk Maxwell(1831-79)によって導かれ(1873)、Albert
Abraham Michelson(1852-1931)の実験(1887)やHeinrich Rudolf Hertz(1857-1894)の
実験(1888)によって実証されました(No.57~No.60)。Maxwell の導いた波動方程式の
解は1890年代には電磁波の決定的な真理となったわけです。 その式の一部を復習し
てみましょう(No.58)。

さて困った事態になりました。 電磁波以前の時代には静電場の現象を考えるときは誘電
率を
ε=εs・ε0として真空中では
ε0=1とするCGS静電単位系で表してきました。また
電磁場の現象を表すときは透磁率を
μ=μs・μ0として真空中では
μ0=1とするCGS電
磁単位系で表してきました。 ところがMaxwell 理論式の重要な結論として式
ε0・μ0=c2 (≠1の一定値)となってしまったのです。 この関係を保全すれば有理化
前の静電単位系および静磁単位系は結局次式のように規定した単位系であるというこ
とになりますね(表62.1参照)。

さて、このような宙ぶらりんな状態に追い込まれた状況でHeaviside によってとびき
り素晴らしい解決策が提唱されたのです。 それは誘電率
ε0透磁率
μ0を新たに次式の
ように定義することでした。 現代の私たちが使うMKSA有理単位法そのものです。

そして前述のガウス式、アンペール式等は次式のように表すことになります。
点電荷
Qから距離
r隔てた点の電束密度
D,電場の強さ
E:ガウス式:

Heaviside(1850-1925) が提唱したMKS有理単位系の素晴らしさは第1にMaxwell の
電磁波理論との整合が得られていることです。 そしてさらに素晴らしいことは1875年
のメートル条約以降の19世紀末の時点で普及していった実用単位系の諸定義を全く損な
うことなく静電単位系と静磁単位系を結び付ける統合単位系系であるといえることです。
Maxwellは1873年に電磁波理論を発表しますが、その事実を受けてHeavisideは有理単位
系の考えを1882年に提唱します。 Hertzの実験1888年よりも数年も前にこの単位系を提
唱しているのは驚きです。HeavisideはMaxwellの理論を四つの式にまとめたことで有名で
すが、Heavisideはその思考過程で当時の単位系の弱点,矛盾に深く想いを致した結果とし
て有理単位系の考え方に辿り着いたということでしょう。HeavisideはMaxwellの業績を最
も早く理解した人物といえるのでしょう。
さて「Heaviside の有理化によって当時の実用単位系は特段修正を必要としなかった」
と書きましたが18世紀末にぼつぼつ定義され始めていた実用単位とはどのようなものだっ
たかもう一度復習しましょう(No.61)。
- 1881年のパリ国際電気会議(The International Exhibition Congress of Electricity
at Paris)でCGS静電単位系、CGS静磁単位系を採用する事が決議されました。
また電気磁気に関する実用単位として下記のような単位の定義が合意されまし
た(No.61)。
1881年:電気・磁気に関する実用単位に関する定義
Coulomb = Farad x Volt = Ampere x sec
Volt = Ohm x Ampere
Watt = Volt x Ampere
Weber = Henry x Ampere = Volt x sec
Tesla = Weber/m2
- 1893年の会議では電磁気系実用単位と熱力学的実用単位を統合するために下記
の定義が加わりました(No.59,No.61)。
1893年:電磁気系実用単位と熱力学的実用単位の整合定義
Joule = Watt x sec = Newton ・ m (ただし 1 Newton = 1 kgm/sec2:力の単位)
電磁気量単位系と熱力量単位系が統一実用単位系として関係付けられた重要な定義
ですが、その根拠となる理屈は次のように要約できるのでした。
「電気磁気学系の実用単位として採択済みの電力
Watt に時間secを掛けた電力
量
Watt x sec は電気(エレクトロン)の移動に伴う仕事量(今様に表せば
Watt x sec = Newton x m)を意味する実用単位である」と説明できる。 他方で
「熱力学的に定義される実用単位
Joule も熱の仕事量(今様には
Joule = Newton x m)である」。そして「
電磁気系で採用済みの実用単位
Watt x secと熱力学で定義済みの実用単位 Joule は(偶然にも)力学的仕事量
Newton x mと一致している」。「そこで Joule = Watt x sec という定義を加えれ
ばそれまでの両分野の実用単位の定義を崩すことなく静電実用単位と熱力学的
な実用単位系を結合できる。」
ただ、この時点では上記の定義が追加されて力学・熱力学電磁気学の統一単位系の実
現性が見えてきただけであってそれ以上ではありません。
さて、単位系に関しては上述のような状態で20世紀を迎えることになりました。新
世紀冒頭の1901年にはパリで国際電気会議が開催されました。 この会議では「科学
界で整備済みの①Newton力学系のCGS基本単位[
cm],[
g],[
sec]と②電磁気分野の実用
位および③熱力学分野の実用単位系を統合すべき」との提案がなされます。20世紀
冒頭の時代に物理学の三つの系列の単位統合の機運が出てきました。ところがこの提
案はその後も半世紀ほど棚さらしになって採択されることはありませんでした。 列
強が第1次世界大戦(1914-18)・第2次世界大戦(1939-45)で熾烈な戦争を繰り返した暗
黒の20世紀前半には単位系の統一などを国際的に議論する余地などは全くなかったの
です。
第2次大戦終了直後の1948年に
国際度量衡総会CGPM(Conference Generale des
Poids et Measures)第9回会議がようやく開催されて世界の共同歩調の道が再び開かれ
ました。 この会議ではそれまでのMKS単位にAmpereが追加されて
[m],[kg],[sec],[A]を基礎とすることが合意され、1950年に開催された
国際度量衡委
員会(CIPM:Comite International des Poids et Measures)で「
MKS単位系をMKSA単
位系とする」ことが正式に採択されました。またこの時にMKSA単位系に基づく有理
単位法の導入について正式の議題として討議されました。 そして1960年の名称改ま
った
SI国際単位系(Systeme International Unites)会議において
MKS有理単位系が
標準単位系として正式に認められました。 その根拠は次のようなことでした。
「実用単位
Joule = Watt x sec は力学的仕事量(力
F×質量
m)と等価であり
Joule = Watt x sec = Newton x m (ただし
1 Newton = 1 kgm / sec 2 :力の単位)で表
すことができる」。 そこで「
実用単位のWatt・Joule・Volt・Ampere・Ohm
・Weberなどのどれか一つをMKS基本単位系に4っ目の基本単位として追加すれ
ば電磁気学の実用単位系が修正されることなくなく力学的なMKS基本単位系に統
合されることになる」という理屈です(No.61)。
そして従来の各分野の実用単位は全く修正されることなく全てMKSA単位系の従属
単位として再定義されることになったわけです。なお1954年に
熱力学温度Kelvinと光
度candelaが追加されて六つの基本単位系とすることが採択されたことは前回(No.61)
記したとおりです。
MKS有理単位系はHeavisideによって1882年に提唱されましたが科学者の間で普
及し始めたのが1930年代です。 そして1960年の正式採択まで実に80年近くかか
りました。2度の大戦に象徴される20世紀前半の政治の停滞が科学技術の国際的発展
を足止めした一つの証左といえるのかもしれません。
今回は現在私たちが使っているMKS有理単位系の特徴と成立経過を中心に記しまし
た。
Olivar Heaviside(1850-1925)はロンドン生まれのイギリス人ですが、電気・
磁気科学が実用を重んずる電気工学に移るターニングポイントとなった19世紀末~
20世紀初頭の時代に様々な業績を残した大物理学者・工学者でした。Heavisideには
Maxwell波動理論を4っの式にまとめたこと(No.57-59)、有理単位法提唱という2つ
の偉業のほかに素晴らしい偉業がいくつかあります。次会以降でHeaviside の別の偉
業を辿ることにしたいと思います。
(2025年7月20日 長谷良秀 記)